荒船くん、あのね

『ねえねえ、荒船くん』

彼女の口癖だ

字面だけを見れば可愛いものだが
呼ばれてしまったが最後
握り潰されんばかりの力で腕を捕まれ
あげく
脳ごと揺すりかねない勢いで
グラグラと揺さぶられるものだから
呼ばれる側の「荒船くん」はたまったものではない

要するに
力の加減が絶望的に下手なのである

無自覚だから仕方がないと言えれば良かったが
自覚した上で直す気がないのだから
極めてタチが悪い

「なんだ」

さりげなく彼女の手を外しながら
いつものように聞き返してやる

手を外す間際
俺の腕を掴む手に一層力がこめられたのは
きっと気のせいではない

渋りつつも素直に手を離した彼女が
へらりと相好を崩して笑う

こういう気の抜けた笑い方は
なんとなく好きだ

悪意がなくて安心するから、かもしれない

『昨日穂刈くんのバッグワームにモナリザの落書きしたら加賀美さんに死ぬほど怒られたって話してもいい？』
「悪意の塊じゃねえか」

そんな彼女と荒船くんの話執筆状態：完結

荒船くん、あのね

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