荒船くん、あのね (ページ10)

今日:3 hit、昨日:2 hit、合計:11,463 hit

自覚の話ページ10

時刻は22時17分、土曜日
穂刈とふたり、荒船隊の隊室にて

ちなみに
女子の加賀美と最年少の半崎は
一足先に帰宅済みである

Aの緊急脱出(ベイルアウト)から丸１週間

あれ以降は顔を合わせることもなく──

なんてことはなかった

「……？どうなったんだ、それなら」
「求愛されるようになった」
「……？」
「だから、求愛されるようになった」
「意味が分からない」
「俺も分からん」

そうなのだ

あの日を境に
どうもAは変な方向に吹っ切れてしまったらしい

これまでとは一転
ことあるごとに求愛してくるようになったのである

通学路で会えば『今日もイケメンだね』と口説かれ
基地で会えば『今日もナイスガイだね』と褒められ
訓練場で会えば『努力家なのも魅力的だよ』とささやかれ
着替え中に会えば『魅惑のツヤ肌だね』とセクハラをされ
帰路で会えば『明日も愛してるよ』と投げキスをされる

ランク戦の観戦席で『斬って♡』『撃って♡』と
書かれた自作うちわを振り回された挙句
その写真が後日ボーダーの新聞で使われた日には
色んな意味で食事が喉を通らなかった

別れ際
咄嗟に青ざめたあの反応はなんだったのか

溜息まじりに語る俺を前に
一方の穂刈は何やら楽しそうである

「そんなに人の不幸が楽しいか、良い趣味してんな」

嫌味のつもりで言ってやれば
穂刈はやはり楽しげな顔で「まあな」と肩を揺らした

この野郎
眉毛むしりとってやろうか

俺の苛立ちを察してか
両手で降参のポーズを取った穂刈が口を開く

「めずらしいと思ったんだ、荒船にしては」
「あぁ？」
「最初から相手にしないだろう、本当に嫌なら」
「…そりゃあ、無視するわけにもいかねえし」
「意識的に避けるくらいはするさ、いつもの荒船なら」

穏やかな顔付きに似つかわしくない
やけにきっぱりとした口振りで穂刈は言いきった

自分のことは
意外と自分では分からない

けれど
誰よりも俺を知ってる穂刈が言うなら
きっとそうなんだろう

黙り込む俺の姿をどう受け取ったのか
穂刈の言葉は続く

「悪くないと思っているんだろう、本当は」

言いながら
帽子越しに俺の頭を軽く叩いて
とうとう穂刈は席を立った

もう夜も遅い
帰り支度をするのだろう

荷物を詰めはじめた穂刈の背を遠巻きに眺め
ぼんやりと一連の会話を思い起こしてみる

どことなく眠たい頭に
この数年で随分見慣れたAの顔が浮かんだ

ああ、なるほど

たしかに

「……悪くはねぇな」