いつか太陽を落とす【マギ】

5.煙幕 ページ5

鮮やかな新緑が生い茂り、木々が揺れ、西から風が吹く。細い木の根元に生えた花のそばで、黒の蝶が舞い踊る。爽やかな季節の訪れだ。
そんな晴れた日の朝、静かな城内の鍛練場にて、うなじの白い少年は汗を拭っていた。

「兄上、紅玉殿も輿入れしてしまいましたね」

一方、少年の兄は汗一つかいておらず、涼しげな表情で水分補給をしていた。その様子に何を怒ったのか、少年、Aは頬を膨らませて身を乗り出す。

「このままでは、姉上は婚期を逃してしまわれます。兄上も何かおっしゃいなさい」
「お前の親族でいないのか。誠実な男は」

意外な返答に「ん〜」と唸りながら言葉を濁す。

「生憎、私の一族は男に恵まれず」
「何人だ」
「未婚の男は…私と、二歳児の幼子だけ」

もはや親子ほど年の離れすぎた者同士では、夫婦になるには大きな壁がある。だからといって素性の知れぬ男に渡すわけにもいかない。
白龍がため息をついた瞬間、弟は視線をそらした。

「もう、いっそ紅炎殿で良いのでは」
「だめだ。絶対に」
「でしょうね」

Aにとって、紅炎と姉の白瑛はお似合いに見えたのだろう。頼もしい紅炎になら姉を任せても良いと思ったようだが、反対する者は多い。
先帝の嫡出子の数は今や半分。残された皇女と皇子、そして現在の皇帝の息子達にも跡継ぎがいない。
このままでは、練家は滅びるのではないか。以前、Aが従者と話していたことがある。
姉が心配だが自分は何もできない。それが原因なのか、どうも不機嫌になっているらしい。白龍は休憩は終わりだ、持ち場へ戻れと催促する。

ところで、Aの剣術の腕は達者とは言えない。むしろ才がないように思われる。力は弱く、相手の隙を衝くこともできない。それに今日は、武器を持ってはならないと定められた謹慎明けで、だいぶ動きが鈍い。
しかし、通常は避けることは得意なようで、刃を美しく躱す姿はまるで役者が踊っているようだと評判だ。

「身長はあまり変わらぬ。武器の大きさが問題だとしても、あなたは化け物だ」

無駄な体力を使いすぎたようだ。
やはり避けるだけでは勝てない。疲れ果て、地面に手をつき、肩で息をしている。
やはり無力な弟は温室で大切に育てられたのだと確信した白龍は、その情けない光景に呆れ、静かに見下ろす。

「不様だな」

そう呟いて武官と手合わせした。
＿＿＿本当に、滅びてしまえば良いのに。
武官のかけ声が響いたつかの間、不謹慎なことを思う者がいた。

6.運命→←4.愚弟

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