潔癖執事とお嬢様【チョロ松】

執事が二十九人 ページ31

私のこと、『お嬢様』なんて呼ぶ人はもうこの世に一人しかいなくて。
それでもその人は、私が突き放した人。


長らくあっていない間に、私は幼さと純粋さを無くしてしまって。


何度も試したのに、何度も体を重ねたのに。
子供ができなかったのは、愛がなかったから？


お互いに愛する人たちが体を重ねて、初めて新しい命が生まれると言うのなら、私とあの人の間に子供ができることなんてありえない。


だって私は……。


「チョロ松…帰って、私を見捨てて」
「なんでですか、まだあなたは生きています」
「何より潔癖症でしょう？私なんか助けなくてもいいから、今すぐこの火の中から逃げなさい」


早く、顔を見せたくないの。
こんな汚れた私、これ以上見て欲しくない。

それに足も潰れている。動けないだろう。


チョロ松とは反対の方を向いて涙を隠す。


「泣いているあなたを見捨てることなんてできません。こっちを向いてください」
「っ……これは、命令よ。早くこの火から逃げて」
「それはできないお願いですね」



そういって、チョロ松は私の頬を包む。
その手には手袋なんてものつけられていなくて。

その顔は、少し大人びていた。


「綺麗になりましたね、お嬢様」
「…馬鹿、何言ってんのよ……」


ポロポロと涙が溢れる。
馬鹿、本当に馬鹿。私なんか置いて、逃げればいいのに。


まずなんでこんな火の中に飛び込んできたの？私を助けるために？

もう、私の執事じゃないのに。


「お嬢様、あなたは今、私があなたの執事ではない、と思っていらっしゃると思いますが…私の中で、お嬢様はあなた1人ですよ」


その言葉に、ボロボロ涙が出てきて、止められなくなって。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう。

あぁ、確か……結婚式で、遠いあなたの顔を見て以来だ。


「チョロ松……私、あなたが好きだった。いいえ、今でも…」
「奇遇ですね。私もですよ。お嬢様、好きな人にはまだ生きていて欲しいんです。最初で最後の私の願いを聞き入れていただけませんか？」


その言葉に頷くように、チョロ松の手に自分の手を重ねた。


そのあと、ガレキから私を引きずり出したチョロ松は、汚れるのも構わずに私を抱えて走る。
白いシャツが、私の血でどんどん染まって。

そんなことも気にしないように、走って。


「チョロ松……私、あなたのこと…いつまでも、ずっと……」
「お嬢様……A…！」



あぁ、やっと名前を呼んだ。

その懐かしさに浸りながら、私は意識を手放した。

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