梅がこぼれ、椿が落ち、牡丹は崩れ、雪柳は吹雪き、菊が舞い、命が散る。 (ページ18)

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●十六匹と十六本ページ18

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その日はどしゃ降りの雨だった。

そしていつかの日のように、傘を持ってきていなかった。

『……雨……』

滝のように降る雨を前にして、呆然と立ち尽くすしかなかった。一歩前に出れば明日は風邪を引いているだろう。だが、ずっとここにいるわけにはいかない。とは言っても、ここは何の店かもわからない建物の軒下。美容室に戻る事も、駅に行くこともできす、かといってシャッターのしまった建物に入る技を持ち合わせてはいなかった。

『…あともう少し遅く出てればよかった……』
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ふと、脳裏に平子の顔が浮かんだ。

地味で何を考えているのかわからない、だがとても真面目で堅実な人。

前のように、ひょっこり現れてくれるのではないか。

そういう考えに至った時、自分に嫌気がさした。

あれだけ人間と喰種は深く関わってはいけないと思っていたのに、時折こうして期待してしまう。

このような感情を何というのだろうか。勉強はできた。それでもいつも国語の文章読解だけは思うような点数を取れなかった。きっと、感情を知らないで過ごしてきたからだろう。

全てが本能のままに。

人といても、それだけは変えられなかった。

本能のままに人を襲い

本能のままに人を喰らい

本能のままに狂い

本能のままに生き

本能のままに戦う

それが今は、理解できない感情に蝕まれている。浸食される。

でも、それは決して不快ではなかった。

感情のままに人を思い

感情のままに人を愛し

感情のままに人と過ごし

感情のままに笑い

感情のままに泣き

感情のままに怒り

感情のままに喜ぶ

そうやって、生きてみたかった。

一筋のしずくが頬を伝う。

雨には濡れていなかったのに。

頬はどんどん濡れていく。

視界がぼやけ、世界が遠くなるように感じた。

人を知る事に対するとてつもない罪悪感と、嫌悪感と、高揚感。

何もかもが混ざって涙となって流れていく。
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『……… ﾋｯｸ…ｳｩ…』

平「…どうして、泣いているんですか？」

その声のする方を向く。

そこにいたのは、待ちわびていた人。

『……平子、さ、ん…』

平「何かあったんですか？」

少し慌てたようにしているその人を見て、どんどん涙が溢れていく。

気付いた時には、その人の胸に飛び込んでいた。