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第伍話 ページ8

意識の覚醒は、水面(みなも)から顔を出すのと似ていると昔誰かが言った気がする。

目に飛び込んできたのは年季の入った木目の天井。窓から漏れる柔らかな陽光が容赦無く彼の青い瞳を照らす。
数度目を瞬いた彼は漸く自分が置かれた状況と共に、飢えと渇きと若干の痛みに気付いた。

「……クソッタレ」

心からの憎悪を込めて悪態を吐く。
其れは自らの出来か、無様を晒してしまった事実か、或いは夢の様な何かに向けてか。

「おう、目ぇ覚めたか」

此方に向けて掛けられたであろう言葉に反応し春畝は顔を上げる。浅葱色の眼、羽織と同じ色。其れと目線が絡み合った瞬間、相手が誰なのかを理解した。
刹那、氷水を掛けられたかの様に悪寒が走る。

「……和泉守」

何だ?と和泉守兼定は自然な様子で小首を傾げた。春畝は無意識に視線を右腕へと動かす。
腕は其処にあった。捩じ斬られた筈の右腕が何事もなかったかの様に元の位置に有る。堀川の言った通りだった。

「───此処は?本丸?」
「手入れ部屋だな。ちなみに入ってから二十三時間…いや一日経ってるか」

そう心配しなくてもいいぜ?と軽口を叩き、笑いながら和泉守は右手を動かしてみせる。肘や手指も正常な動きをしており、痛みも残っていない様だった。

呆気に取られている春畝に対し和泉守は、そういやそうとお前、と話を切り出す。

「国広の話によれば弓兵の矢を受けたらしいが傷は大丈夫か?」
「え、ああ、うん。大丈夫……」

反射的に春畝は傷口の辺りで手を閉じた。隠す様に衣服ごと握る。だがその行動がが災いし指の触れた部分が鈍い痛みを主張しだした。

「……ッつ……!」
「……おい、ちょっと見せろ」
「ば……ッ、やめろ!」

(まなじり)を決していた和泉守は違和感を覚え春畝の肩に手を置く。
目に見えて慌て出す彼の手を抑えつけ、裾をたくし上げた。白い肌にくっきりと残る矢傷が嫌でも目に入る。

どういうことだ?と和泉守は眼を見開いた。
片腕を失った程の重傷の打刀が完治する手入れ時間で軽傷程度の脇差の傷が治らないのはおかしい。では何故?

「ハル、お前これ」
「うるさいな!」

瞠目する和泉守の手を振り払い春畝が立ち上がる。
不機嫌を隠すことなく表に出した表情。だが其れは怯えも含まれている様でもあった。

「───オレは」

彼は背を向け、逃げる様に襖を開ける。閉める直前、確かに和泉守にも届く声で春畝は絞り出す様に言葉を吐いた。

「オレは、アンタらとは違うんだ」

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作者名:氷空 | 作成日時:2018年11月3日 21時

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