その刀剣、───につき。 (ページ9)

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第陸話ページ9

ずきずきと、傷が痛む。
幹部に心臓が移ったかの様に脈打つ。

崩れ落ちそうな身体に鞭を打ち、春畝は歩を進めた。開いた傷口を押さえ付けても服に滲む赫色は広がる一方。
荒い呼吸と共に、嫌でも鼓動が耳に届く。嗚呼煩い、いっそ止まってしまえと悪態を吐いた。

身体が熱い。意識が朦朧とする。
足元がおぼつかず、ふらふらと危うい歩みで廊下を進む春畝はふと眼前に散らつく桜色の花弁に眼をやった。

「桜……？」

掠れた声を絞り出す春畝に応えてか、庭に根を下ろす桜の樹は雨の様に桜を降らせる。はらはらと散っていく桜を彼は呆けた様に眺めていた。

この真冬に何故桜が？
疑問を認識するより前に、春畝の身体から力が抜ける。がくりと膝をついた彼は縋る様に桜の幹へ手を伸ばした。

届かない。その感覚が何故か虚しく、悔しく、寂しかった。

気持ち悪い。春畝はそう言葉を零す。
体調が優れない事も、初めて見る桜に其の様な感情を抱く事も、何故だか気持ちが悪かった。

いっそ意識を手放してしまえば楽になれるかもしれない。そう思い瞼を下ろした彼の耳に足袋を擦る音が届く。
誰の足音だ。反射的に春畝は顔を上げる。

「……おや、そんな所で何をしているんだい？」

眼が合った。青い瞳だ。
癖のある薄紫色の髪を僅かに揺らし歩み寄る男士(おとこ)が一振(ひとり)。
回らない思考の中で此の刃物が誰だったかを考える。此処へ顕現する前に覚えた筈だ。

「……歌仙、兼定……？」

随分と長い時間をかけて言の葉を吐き出す。
ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す見知らぬ男士(おとこ)に突然銘(な)を呼ばれ、歌仙は一瞬驚いた様に眼を見開いた。
だが直ぐに状況を察すると彼は早足に近付き春畝の手前で片膝をつく。

「負傷……？それに酷い熱じゃないか。君は昨日顕現したという新入りだね？自分の銘はきちんと解るかい？」
「オレ、の……オレの、名前は……ハル」

熱を測る様に額へ手を置いていた歌仙は、彼の名を聞いた途端驚いた様子で眼を見開き手を引いた。
春畝の焦点の合わない瞳に見つめられている事に気が付くと数度眼を瞬いて眉を下げ、傷に触らぬ様囁く様な声を紡ぐ。

「嗚呼、すまない。驚いてしまってね。兎に角安静にしなければ……運ばせてもらっても良いかな？」

春畝は承諾の意で首を縦に振った。歌仙は彼を抱えて歩き出す。
不思議と彼に支えられるのは懐かしく、暖かく感じる。自らの中に湧いた妙な感情に身を任せ、春畝は再び眼を閉じた。