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「君が、あの人に対して思ってたのは依存で合ってる。君自身は、あの人のことを好きじゃなかった。君のそれは依存だ。彼のことが好きだったのは、君の『失われた記憶』だ。それが混ざり合って君の依存が愛情であると勘違いした。君が好きな人は、別にいる」
「それは、君の願望かい?」
「違う。事実だ」
重い沈黙が、ダイニングテーブルに落ちる。
どちらも言葉を待っていたが、音になることは無かった。それに対する答えも持っていたが、言葉にしたくはなかった。
どちらも、言葉も答えもわかっていた。けれど、どちらも、それを指摘するつもりはなかった。
まるで、まだ訪れてすらいない未来を見て、会話をしているかのようだった。
違う言葉を探しながら、ふくろうは『下巻』と書かれた本に手を伸ばした。
部屋の隅の書架に、『上巻』と『中巻』が並んでいるのが、ふくろうの肩越しに見える。
紅茶は冷めずに、机の上に置かれている。
ふくろうは口を開いて、深呼吸を一つしてから、首をかしげて笑った。
「今日の君は、随分と酷いことを云うじゃないか」
「知りたがったのは君でしょ。気づいていて、指摘してほしいとも思ってた。僕は、それに答えただけ」
ぽっかりと口を開いたまま、ふくろうはぼんやりとテーブルを見つめる。
小さく息を吐き、ゆっくりと瞬きをする。
「……ああ」
頷きの声は、僅かに震えていた。
それに気づき、もう一度小さく深呼吸をして、ふくろうは乱歩を見つめる。
「……………ああ、そうだね。君の云う通りだ。すまない、君が悪いように言ってしまって」
「別に」
返答して、乱歩はようやく大皿に乗ったクッキーに手を伸ばした。しかしそれを食べることは無く、ただじっと、市松模様のそれを見つめていた。
「言い訳のように聞こえてしまうかもしれないが、ずっとね。ずっと、私の中にいる誰かが、気配だけを伝えてくる彼女が、その事実を受け入れられなかったんだ。きっと彼は生きてる。いつかひょっこり、あの日、突然やって来たように、また、店に来るのではないかと……ね。彼女は、彼のことを、本当に愛していたから」
そう云って、手元に置いたままになっていた注文書に目を移した。
掠れて消えた名前を覚えている。顔も声も香りも、会うたびに抱いた感情も、全て。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時