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「『この建物で白紙の文学書について話しても、別のことに気を取られて白紙の文学書に関するすべてを忘れる』。まあ、云ったところで、君は、帰るときにはこの内容を忘れているけどね。例えば、私のことに気を取られて……ね。ま、君ならきっとそれも推理してしまうだろうけど」
ふくろうは、楽し気に微笑んでいた。
乱歩はじっと見つめ、はぁ、とため息をついた。
「それから、君のその本」
そう云って、ふくろうの手元に置かれている『下巻』を指さした。
「敦から聞いた。君は、依頼にあった本を、依頼主が取りに来るまで読みながら保管しているんだろ」
「ああ」
表紙を撫でながら、ふくろうは頷いた。
愛でるように、古びた本を見下ろしながら。
「その人は死んでる。待っていても取りに来ない。それは、君の物だ。君のためにその本は回収され、届けられた」
乱歩の言葉に、表紙を撫でる手が止まる。
「……ああ。『知っているよ』」
とても、静かな音だった。
悲しみを含んでいて、けれど、それは、受け入れた後の悲しみで。とうの昔に既にそれを事実として受け入れ、過去の悲しみを受け入れ、共存しているようだった。
ふくろうが、ゆっくりと本を持ち上げて抱き締める。
「知っていて、ずっと待っていた。けれど、君にそう云われてしまっては、もう待つことはできないね……」
抱き締めた本を離し、最後のページに挟んでいた注文書……ほとんどメモ書きのようなそれを取り出し、右手に持ったペンを走らせて『依頼人死亡ニツキ私物トス』と書き入れた。
ペンを置き、注文書に書かれた名前を撫でる。
時の流れが文字を掠れさせたのか、そこに書かれた名前を正確に読み取ることはできなかった。
「君はずっとわかってた。その人が死んでるってこと。でも、君はずっと待ってた。何故か。君は、その人に『依存』していたから」
「……君も、そう思うんだね」
ふくろうが、悲し気に肩をすめて首をかしげる。
「私が彼に対して思う感情は、まごうことなき『好意』であり、『愛情』だよ。私は、彼が好きだった。そして彼も、私が好きだった。気づいていたけれど、それをお互い言葉にすることは無かった。彼は私の愛情を、名探偵と同じように、私が寂しくて、甘えたいだけだと解釈していたようだけど、私はね、ちゃんと彼と同じように、私も彼が好きだった。彼という存在が、愛おしかったんだよ」
「違う」
乱歩が、即座に否定する。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時