宮廷絵巻ノ抄

7.Ki ページ38

Ki side




内大臣邸ーー。



翌朝…


宿直明けの俺が、宮中から邸に戻る足取りはすこぶる重かった。

いつもなら、陛下の起床の支度に立ち会ってから邸に戻るようにしていた…が、とてもじゃないが陛下の御前に出る勇気はなかった。




Y「…宏光様？」


Ki「え…」

Y「何度もお呼びしていたのに、ずっと上の空で…」

何かあったんですか？と追及して来る横尾さんから、俺は咄嗟に目を逸らした。


横尾さんは、気付いてる。

今朝、御所に迎えに来ていた横尾さんは、いつもよりかなり早く姿を現した俺の異変をいち早く察知したはずだ。


でも、話せるはずがない。

陛下の後宮入りが内定している俺が、昨夜藤ヶ谷と接吻(くちづけ)を交わし…更には、その藤ヶ谷は…


Ki「ねぇ、横尾さん」

考えてみれば、俺は藤ヶ谷のコトを大して知らない。


Y「はい」

Ki「横尾さんが、我が家に来る前に仕えていたのって…藤ヶ谷家、だよね？」

Y「……⁈」

Ki「だから、藤ヶ谷とは親しいんだよね？」

Y「……」


横尾さんが、僅かに目を見張った。


横尾さんは、藤ヶ谷と繋がっている。

だから、横尾さんに後宮入りの受諾を隠していた…何となく藤ヶ谷に知られたくなかった。

でも、裏を返せば横尾さんは藤ヶ谷を知っている。



Ki「…俺、聞いちゃったんだ」


昨秋の夜、突然内大臣家に現れた藤ヶ谷はまるで横尾さんと親友のような口振りだった。

だから、横尾さんは俺なんかより圧倒的に詳しいはずなのだ。



Ki「…藤ヶ谷のコト、教えてくれないか？」


昨夜の藤ヶ谷は、異質だった。

特に立ち去る前の藤ヶ谷の双眸…そこに宿った意思に、俺は不吉なモノを感じた。



Ki「藤ヶ谷…陛下と何か関係あるの？」

Y「そりゃあ、藤ヶ谷様は宮家のご出身ですから天皇家とも…」

Ki「そんなコト、聞いてないよ！」


俺は、興奮して横尾さんを遮った。


Ki「横尾さん、昨年我が家に来た藤ヶ谷を太輔って呼んでたよね？ 宮中で顔を合わせた時とは全く違う砕けた口調で話してたよね⁈」

Y「宏光様…？」

Ki「藤ヶ谷も同じ…陛下を下の名で呼ぶんだ。しかも…」


あれは、まるで同等…いや、場合によっては藤ヶ谷の方が陛下よりも立場が上だと誤解したっておかしくない振舞いだ。

その藤ヶ谷が、陛下から俺を助けると言った…あれは、どういう意味なんだ⁈


Y「確かに、私は以前藤ヶ谷家に仕えておりました。ですが、ご嫡男である太輔様の込み入った事情までは存じ上げません」

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