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「ただいまー」
玄関から声をかけると、リビングから剣城が顔を出した。彼は「おかえり」を言わないけれど、毎回律儀に顔を見せる。
「私、お風呂入ってくる――」
リビングにカバンを置いてバスルームに行こうとした私の腕を、剣城が掴んだ。そのまま身体を回転させられ、彼と向き合う体勢になる。腕を引かれ、剣城の顔が間近に迫る。思わず後ずさると、背中が壁にぶつかった。
「剣城……?」
彼の眉間には深い皺が刻まれていた。訝しげな様子で私を観察しているように見える。
天馬よりもパーソナルスペースが広い剣城が、こんなに無遠慮に触れてくることも、距離を詰めてくるのも初めてで、心臓がバクバクと音を立てていた。いくら知った相手と言えど、悪魔に睨まれるのは慣れない。
「――悪魔の匂いがする」
張りつめた声で、彼は言った。
私が「え?」と聞き返すのと同時に、腕が離され、身体の緊張が解けた。
「悪魔の匂いって何?」
自分の腕を鼻に近付けてみたが、自分の体臭と洗剤の香りが混ざった匂いしかしない。剣城は「人間にはわからない」と言った。
「剣城の匂いじゃないの?」
「自分のはわかる。……俺じゃない悪魔の匂いだ。今日、怪しいやつを見かけなかったか?」
「ううん。別に」
首を横に振ると、剣城は腕を組んで何かを考えているようだった。その途中で火にかけられていたやかんが甲高い音を鳴らし始めたので、彼の脇を通って火を止める。
「……今日、誰かと会う約束をしてなかったか」
「ああ、彩花のこと?」
彩花の名前を出した瞬間、剣城の表情が曇った。
すっと体温が下がる感覚。「まさか」と思いたいのに、勝手に動悸が激しくなる。
「その彩花という人間に、悪魔が近付いているかもしれない」
いつの間にか口の中がカラカラに乾いていて、私は唾液を飲み込んだ。
一度落ち着きたくてソファに座ると、剣城が隣に腰を下ろした。
「悪魔がどんな目的で人間に近付くかわかるか」
「天馬から聞いた。悪いことをするようにそそのかすって」
「それだけならまだいい。……だが、契約に踏み込んだら――」
「――地獄の最下層に連れていかれる」
ハッとして言った私に、剣城は苦い顔で頷いた。
彩花の身に危険が迫っている。
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作者名:春間 | 作者ホームページ:https://twitter.com/April_hrm
作成日時:2022年9月11日 15時