62曲目 願い ページ12
志麻さんの暖かい腕の中、私は微睡みきれずにいた。
理由は至極単純であり、心臓がうるさくて仕方ないからである。
いつまでもこうしているわけにはいかない、と腕の中から逃れるために志麻さんの腕に手をかける。
すると、感のいい志麻さんはそれを察したのか、離すまいと言うように更に腕に力を込めた。
その強い抱擁に、息が苦しくなる。
締め付けられ、割と物理的に。
たまらず、それを訴えかけようとした時。
「…キス、してええか？」
愕然とした。
志麻さんの口からそんな言葉が出るとは、思いもしていなかった。
志麻さんなら何も言わずにいきなりしそう…というよりも、私に、恋人にするようなそれをするとは思えなかったのだ。
今までのセクハラ紛いの手付きは別として。
だって彼は、お父さんに拘っていたから。
事あるごとにお父さんを主張するようになってから、度を超えた事はしてこなくなっていた。
私が何も言わずに驚いていると、腕の力が弱くなり、彼が私と目を合わせるように離れる。
そして、今度は優しく私の顎に手を添えた。
「…嫌やったら俺を押しのけろ。」
彼の顔が、私の顔に近付いてくる。
お互いの吐息の熱が感じ取れるようになり、私はようやく身体…ではなく、口を動かした。
「嫌、です」
「…押しのけろ言うたろ」
志麻さんは顔を私の目の前で固定し、言った。
距離が近すぎて、彼の整った顔は見えない。
「それは、できません」
「…やったら、キスするぞ」
「それも、できません。…貴方が、しませんよ」
志麻さんが息を呑んだのがわかる。
彼はその後、すぐに言葉を吐き出した。
「何言うとんのや、俺は男やで。男はお前が思うほど綺麗な生き物やない。しないなんて、何で言い切れん」
「貴方は、嫌がっている人間にそんなことしません」
根拠は？と聞かれても、答えられる気はしなかった。
これまで一緒に過ごしてきて、そう思うから。
としか言えない。
「…なぁ、俺、お前のことが好きなんやけど」
「…はい」
「俺、お前のこと女として好きになってもうて、お前を幸せにしたいのに手を出したくて仕方なくて…こんな事感じんの、お前だけなんや」
「…はい」
私は声を震わせながら話す志麻さんの声を、ただ相槌を打って話を聞いていた。
志麻さんが最後に言った言葉は、針のように心に突き刺ささる。
「なぁ、俺を嫌いになってくれへん？」
その瞳は、濡れていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 739人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
Shooto_Keeki(プロフ) - たまたま見つけて読んでました。もう本当に最高でした、最後の展開で泣きそうになっちゃいましたよｗ (2019年9月22日 19時) (
レス) id: 7c93d27e64 (このIDを非表示/違反報告)
羽飛(プロフ) - 時雨さん» 最後までお読みいただき、ありがとうございました！涙だなんて、そんなに感動していただけてとても嬉しいです…！ (2019年1月31日 9時) (レス) id: 56a129691b (このIDを非表示/違反報告)
時雨 - とても凄くて感動しました…!!(語彙力低下)最後涙が…;;素敵な作品、読ませていただきありがとうございました…!!!!!! (2019年1月31日 0時) (レス) id: 274b7ae121 (このIDを非表示/違反報告)
羽飛(プロフ) - 夢愛-ゆあ-さん» 長編になっていますが、最後までお読みいただきありがとうございます！泣いていただける程感動してもらうことができ、私もとても幸せに思います。わざわざコメントまでいていただき、ありがとうございました！ (2019年1月7日 22時) (レス) id: 56a129691b (このIDを非表示/違反報告)
夢愛-ゆあ-(プロフ) - とても面白くて一気読みしちゃいました…！最後の方は感動で涙が止まりませんでした…(涙)実は小説を読んで泣いたのって初めてで自分でびっくりしてます(((それほど素敵な小説に出会えて幸せです！今から番外編も読ませていただきます！長文失礼しました！！ (2019年1月7日 19時) (レス) id: b3b95c5e04 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：羽飛 | 作成日時：2018年11月14日 19時
