【◇A】にがくて、にがい。【倉持洋一】 (ページ33)

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31話ページ33

　
「…おい」

「ハイ」

気まずい空気が流れた後、倉持は少し俯いたまま口を開いた。

「俺、アイツと別れる」

「………………は、」

疑問ともならない、ただの呟きのような一文字が私の口からは溢れた。

意味が分からない。なんで。だって、あんなに彼女できて舞い上がってたじゃん。まだ一ヶ月くらいだよ？

「だから、アイツと別れる」

「何で急に、そんな……」

心臓が途端にバクバクと大きな音を立て出した。

少しの期待と疑問と、困惑で頭がこんがらがりそう。

「わ………」

別れてほしい。

あの子じゃなくて、私を見てほしい。
誰よりも、側にいてほしい。

ずっと、倉持のことが好きだった。

「わ……かれるなんて……できるわけないじゃん。
そもそも、あんなに可愛くて良い子、逃したらもう手に入らないかもしれないよ？絶対後悔するって」

でも、どこまでも醜い本音は言えるはずもなく。

思わず顔を上げて倉持を見ると、目が合う。

揺らぐことのない、決断した目。

「それでも良い。別れる。」

芯の通ったその声に、言葉に、目眩がしそうなほどの動揺を味わった。

全力ダッシュをしたあとみたいに、鼓動が高鳴る。

抑え込んでいた感情が、爆発しそうで。

くらもち、と名前を呼ぼうとしたけどそれは倉持の言葉に遮られた。

「そうしたら、お前、前みたいに戻ってくれるよな？」

冷静さを見失っていた頭に、氷水を掛けられた気分。

さっきまで活発に動いていた心臓が、止まったみたいだ。

「前、って…………」

絞り出した声は情けないほど小さかった。

「野球の話して、自主練して、たまにどうでもいい話もする。そんな関係に、戻れるんだよな？」

違う。私が求めていたのは、そんな関係じゃない。
倉持から向けられる恋情が欲しい。

私、倉持のことが好きだよ。

内心で言葉を紡いだけど、それを実際に告げることは叶わなかった。

最後の手段に縋るような、倉持の目を見てしまっていたから。

「……うん。ごめん、最近は内村さんに遠慮して避けてたみたいになってた。私も、倉持とまたそうやって話したい。」

「ホントだな？」

「うん」

念を押すように確認する倉持に頷くと、倉持はズルズルと屈み込んだ。

「あー…………よかった」

心底安心したような倉持を、私はただ曖昧に笑って見つめることしかできなかった。