【◇A】にがくて、にがい。【倉持洋一】 (ページ30)

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28話ページ30

甘い声に、軽口を叩くような口調。

「み、御幸くん？！」

髙野さんは御幸の登場に驚いた様子だ。

というか、私も驚いた。

「御幸、なんで」

「普段ならとっくに来てる時間なのにお前が来ねぇからって、マネージャーみんな心配してたんだよ。俺は教室に忘れモン取りに行くついでに探しに来たってワケ。

……で？何、この状況。修羅場ってヤツ？」

相変わらず口達者な御幸。明らかに張り詰めた空気のはずなのに、本当に肝が座っている。

「っ………」

髙野さんも御幸が居るとバツが悪いようで、言葉を紡げない様子だ。

「用がないならコイツ連れてくぜ。ウチ、もう練習始まるモンでね」

御幸がそう語りかけるが、髙野さんは返事をしない。

御幸はホイホイ色んなことを吹聴しまくるタイプではないけど、とりあえず男子には(特に御幸ほどのイケメンには)自分の汚い面を見られたくないのだろう。

沈黙を肯定と受け取った御幸は私の背中を押して歩き出す。

しかし何かを思い出したかのように立ち止まると、その場に佇んだままの髙野さんたちの方を振り返り、口を開いた。

「そういえばさっき、コイツのこと男目当てとか言ってたけど……コイツに限ってそれはねぇから。冗談でもそういうこと言うのやめろよ、気分悪ぃから」

あ、これ、髙野さんたち御幸の地雷踏んだな。

先程の軽い口ぶりは何処へやら、御幸は幾分か声のトーンを落として言った。

御幸がどんな顔をしていたのかは知らないが、髙野さんはヒッと息を呑んで退散していった。

「ごめん。ありがとう、御幸」

「べっつに？忘れ物取りに行くついでだったし」

「その割には、手ぶらでグランド戻るんだね？」

私が思わず指摘すると、御幸はグッと言葉に詰まった。

ごめん御幸。助けてくれた恩は忘れないよ。

「…………亮さんがグランド来る途中に女子に囲まれたお前見たって報告してきたんだよ。" 行け " ってことだろ、これ」

「あー………そう、かも？」

「いやいや、どう考えてもそうだろ。俺、喧嘩の仲裁とか慣れてねぇからヒヤヒヤしたぜ」

とてもそんな風には見えなかったが。

「とにかく、亮さんにもお礼言っとけよ！」

そう言って御幸はそろそろ整備が終わりそうなグラウンドに駆けて行った。

私も安堵と少しの罪悪感を胸に抱えて、練習用のジャージに着替えるためにマネ室へと急いだ。