花宮、悪童やめたってよ。【霧崎第一】

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「それにしても……なんでパン？Aちゃんもついに恋の季節？」

リトルマーメイド古橋に未だツボっていた原が、生理的に流れてきた涙を拭いながら尋ねる。確かに、毎年2月になるとバレンタインデーの手作りチョコレートがどうだという話を聞いたことはあったが、パンは聞いたことがない。同じ部活にパン作りが趣味の奴がいると話したことはあったが。

花園は分かりやすく顔を赤らめて、俯いた。まさか、いや違う、花園に限ってこんなことあってたまるか。

「俺は許さねぇぞ花園、古橋だけはだめだ……！見ろこの高校生離れした死んだ魚の目、それも好きなタイプはMっ気のある子だ、あの目でお前を罵り倒す気だ…！」


「いやなんで古橋くんの性癖聞いてんの私」


「その前にどうして俺が貶される」


俺はお母さんは許しません、と言わんばかりに花園の肩を揺らす。当の本人たちはと言うと、それこそ死んだ魚のような冷めきった顔でドン引きしていた。


「まあ、恋は、事実だけど……」


か細く呟かれた声に、体育館中が静まり返る。今まで馬鹿共は勝手にやってろ、とこちらに冷ややかな目線を送りながら少し気にしていた花宮さえもが動きを止めた。聞いた原本人も冗談だったようで、例のごとく膨らませていた風船ガムが音を立てて割れる。


「聞いた？花宮、聞いた？花園ちゃんがついに恋だって花宮、きこえた〜？」


驚いてるのかと思いきやこれ見よがしに大声で煽りはじめた原。お前本当に性格悪い。
お前は煽るな、と原の首根っこを掴んで連れ戻すが、俺とて平常心ではない。

いつから、どこで、誰に。聞きたいことは山ほどあるのに、どう言葉にすればいいのか分からなくなってしまうほどに混乱していた。

花園の恋なんてこの5年間聞いたこともない。まして、目的は知らないがあの料理殺人家が手作りパンを渡したいだなんて。


切迫した空気のなか、ゴクリと息を飲んだ後、沈黙を破ったのは原だった。嫌な予感しかしない、この性悪男のことだからきっと嫌がらせしかしない。


「Aちゃん、俺たちがその恋協力してあげるよ。ね、はなみゃー」


こんな原見たことない、というくらいに楽しそうな声音で微笑んだ。


この前地獄の始まりなんて言葉を使ったが前言撤回、これこそ真の地獄の始まりだった。

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