episode９４ ページ4
「あー、Aちゃんとメイク落としてから寝てるかな」
「イズミはまた彼女の話かい？」
今日の撮影終わり、仕事仲間のニコロといつものように雑談を交わしていた。
彼は彫りの深い顔立ちをしたグラビアモデル。
引き締まった男らしいボディと、彫刻作品のように繊細な顔の造形で最近メディアへの露出が増えてきている。
ただ、俺と同じく"世界で活躍するモデル"になるためには身長に乏しいことが悩み。
「イズミと会う度に、彼女についてまたひとつ詳しくなっていく気がするよ」
「……ふーん」
ニコロが爽やかに微笑みながら水の入ったペットボトルをこちらに差し出してくれた。
「はい。イズミは常温だろう？」
「ん。ありがとねぇ」
「それとも僕のお手製ドリンクにするかい？」
悪戯っぽくウインクをするニコロ。
「冗談だよ。もう怒られるのは勘弁だ」と言い、手をヒラヒラと振った。
「イズミは本当にストイックだな。僕も見習わないと」
そんなニコロの言葉に、少し胸が痛む。
確かに俺は、彼よりもレッスンを多く積み、食事や日差しに気を遣い、どんな小さな仕事にも全力で取り組んでいる。
そういった面をストイックと言われているのだろう。
ただ、実際に仕事が多く入っているのはニコロの方だ。
日本と行ったり来たりしてた頃に出会った際は、同じくらいの仕事量だったけれど、今では大差がついてしまった。
「3年後にはきっと、君は日本が誇るトップモデルになっているさ」
「……」
「それで彼女さんをあっと驚かせるんだ！」
「……そうだねぇ」
3年という月日は、彼女のことを想えば想う程長く、仕事のこととなるととても短い月日だった。
こんなことで悩んでる場合じゃない、となんとか自分を奮い立たせることばかりだ。
「またボーッとしてるな。そんなに彼女が心配なのかい」
「違うから。気にしないで」
そう言ってから先程渡された水を1口含む。
少しだけ心の重荷が降りたような気がした。
確かにAのことは心配だけれど、それどころではないくらい自分が設けた「3年」というタイムリミットが今更ながら厳しいものだと実感してくる。
「今のままじゃ……駄目だ」
ふらふらと吸い寄せられるようにして俺は覚束無い足取りで部屋を出る。
「イズミ、そっちはレッスン室だ。今は休憩時間だろ？」
そんなニコロの声も、今の俺には届かなかった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 358人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：咲愛 | 作成日時：2023年10月7日 18時
