おかえりなさいませ、ご主人様。Ⅲ【瀬名泉】 (ページ3)

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流石に学部は異なったけれど、キャンパスが同じなのでたまに講義後に会うことはある。
……にしても、国立大生が2人も勤めるコンカフェとは、なかなかあったものじゃないだろう。

「Aちゃんはどうしてコンカフェで働いてるの？」

素朴な疑問だった。
彼女はとても努力家で、公務員になるんだ！と毎日のように意気込んで勉強と向き合っている。

それも異常なまでに、だ。

彼女はバイトの休憩中にも辞書のように分厚い参考書を開いてはブツブツ言いながら頭に叩き込んでいる。

そこまでして目指したいものがあるのに、どうしてコンカフェで働いているのか、純粋に不思議に思ったのだ。

確かに大手が経営しているから給料はそこらのバイトよりは良いだろう。
ただその分深夜に拘束される出勤時間や、迷惑客によるストレスも並の比ではない。

私の質問に、彼女は笑顔で答えた。

「んー、泉くんのためかなぁ……給料超高いし」

その答えに私は面食らってしまった。
意味わからない、と思ってしまった。

私には分からない。
アイドルなんかに、自分の貴重な睡眠や勉強の時間を割くなんて、全くもって考えられない。

「りんちゃんは？」
「……」

きっと傍から聞けば、とてもくだらない理由だろう。
だから私は嘘を吐いた。

「私も同じだよ。時給いいからね」
「まあそんなもんだよねぇ」

後から聞いたことだけれど、彼女は推しのためというのは二の次で、実家に入れるお金と奨学金の返済のために高時給のバイトを選ぶしかなかったそうだ。

そこで私は知ってしまった。

私は、彼女と本音を打ち明け合うほどの仲にはなれていないと。
これからも、なることはないだろうと。

それから、私はAちゃんと遊んだり、たまに勉強会をしたり、一緒に過ごす時間を増やして行った。

ある程度は、私にとって"親友"と呼べる程度には仲良くなれたけれど、彼女からしたら私という存在は大して大きくない気がしてならなかった。

Aちゃんから出る言葉は、勉強、資格、課題、テスト、そして"泉くん"。

いいなぁ、と思う。
私には、夢中になれるものなんてないのに。

姉からの伝言を伝えてゼミに行き、その後は出勤だ。

──今日も一日、労働が始まる。

「おかえりなさいませ……あ、」

深紅の瞳を持つ、初めて出会った時は今にもすうっと寝てしまいそうだった彼。

「──来ちゃった」

そんな彼との再会が、私の人生を大きく変えることになることは、今はまだ、誰も知らない。