86-君のいない世界 ページ41
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五条悟
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まだ世界の何処かに彼女がいる匂いがした。だって鮮明に思い出せるんだ。お土産買ってくるよ、と言ったら微かに微笑んだ顔を。以前よりも温度の低くなった、しかし彼女の心を映し取ったようにあたたかい手の温もりを。
身体が、五感が、覚えているんだ。
あの病室に行けば、家に行けば、またAが出迎えてくれる気がした。
数日後。Aの葬儀に参加した。Aの友達が沢山集まり、涙で埋め尽くされていた。生前のAと変わらないようで、無の表情をしていた。もう俺のことを瞳に映さないAを目にしても、涙は出なかった。花を添えても、同じ。
死に慣れすぎていてしまったせいかと思った。呪術界に身を置いていると、昨日普通に話した人が今日にはいなくなっていることなどザラにある。亡骸が残っていればいい方。体が塵になっていることすらある。それに比べれば、棺の中に眠るAは綺麗な状態だった。まだ生きているように、美しかった。
「……起きろよ」
つい、声を掛ける。
この俺を無視かよ良い度胸だな、なんて。馬鹿なことを考えても虚しくなるだけだった。
「っ……起きてよ」
眠るAは綺麗だった。
今にも「悟」と名前を呼んでくれそうなくらいに。
それでも、声は聞けない。目も開かない。生を刻んでいた健気な鼓動もない。
人の死には誰よりも慣れているつもりだった。けれど、胸をじわじわと侵食するこの形容し難い喪失感は。現実を受け止めきれないこの虚空のような哀しみは。俺も所詮ただの人の子だったと、語る。
帰ろうとするとAの母親に呼び止められる。その手には何か紙袋を持っていた。誰よりも辛いだろうに、涙を流さず振る舞う力強い姿勢は、Aとの血の繋がりを感じた。
「悟くん、今日は来てくれてありがとう。きっとAも喜んでるわ」
「……そう、でしょうか」
「そうに決まってるわ。Aは本当に貴方のことが大好きだったもの。何があっても最後まで会いに来てくれて、本当に感謝しているんです」
Aによく似た顔を見ていたら、「Aは最期……幸せそうでしたか」と尋ねていた。仙台にいて、見届けられなかった最期。それが気がかりだった。
Aの母親は紙袋を差し出す。
「これ、Aから悟くんへの誕生日プレゼントなんです。自分が渡せなかったら、私から渡してくれって。少し早いけど。……ここに、答えがあると思います」
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紅奈虹夢@虹茶(プロフ) - 大学生っっっっっっっ!今度は逆のナンパだ、、、、よっ!良い!!!!!! (4月11日 15時) (レス) @page50 id: 763d4d21f9 (このIDを非表示/違反報告)
moo(プロフ) - 面白かったです! (4月11日 13時) (レス) @page50 id: e3fdbdb203 (このIDを非表示/違反報告)
さえ(プロフ) - これからもずっと応援してます! (4月8日 1時) (レス) id: 06c640ba36 (このIDを非表示/違反報告)
さえ(プロフ) - だいすきです、、、、心の中で夢主ちゃんに喋りかけててほんとに大切な存在だったのがわかって泣きました、、、完結おめでとうございます!そしてすばらしい作品を創ってくださりありがとうございます!はむスターさんの書く作品全部大好きです! (4月8日 1時) (レス) @page49 id: 06c640ba36 (このIDを非表示/違反報告)
紅奈虹夢@虹茶(プロフ) - ......じんわりくる! (4月7日 21時) (レス) @page49 id: 763d4d21f9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:はむスター | 作成日時:2023年9月10日 20時