色恋戦線【ars K.N】 (ページ40)

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やっぱここでは落ち着かないな...と、そろそろ帰ろうと立ち上がるとキミがこっちを見た。

「もうお帰りですか？」
「うん、思ってたより遅くなってたわ」

大きな窓の外は暗くなってる。
夕飯、何食おうかなぁ...。

「襲われないようにお気をつけて！」

大真面目な顔して、キミがそんな事を言うもんだから笑ってしまう。

「誰に襲われんだよ」
「先生、綺麗だから。男からも女からも狙われそうですよ？」

じゃあ、お前がオレを狙ってよ。

「......ンフフ、ばーか」

ばかなのは、オレか。

「じゃあ、またな」
「あ！」
「何だよ」
「お金！」
「は？」

キミが何言ってるのか分かんなくて、その場に立ち止まる。

「私、先生に居酒屋さんの代金もタク代も払ってないんです！あの、おいくらでしたか！？」

わー、律儀。
オレも忘れてたのに。
ってゆーか、最初から払わせる気なんて更々無いわ。

「あー。もう良いよ」
「でもそーゆー訳には...」
「気になるなら、今度はお前が出してくれりゃ良いじゃん」

...あ、まただ。失言。
『今度』とか、次の約束になる言葉使っちゃってんじゃん。
ダメだ、本音が抑え切れなくなってる。
何だよホント。調子狂う。

「出世払いっつーヤツだな、出世払い」

お。
上手く誤魔化せたんじゃない？これ。

なんて、オレは思ってたのに。

「いっ...いつにしますか！？」
「え？何が」
「何がって...『今度』です！『今度』はいつにしますか！？」

あーあー...顔真っ赤にしちゃって...。

...嬉しくなっちゃうでしょうよ。

そんな顔見せられたら。
この子、手に入れられるわって、思っちゃうでしょうよ。

「出世払いで良いっつったの、聞いてなかったの？お前、いつの間に出世したのよ」
「出世は...してないです、ペーペーです」
「だろうが」
「...はい」

わかりやすく、ショボンと俯いて。

唇なんて子供が拗ねた時みたいに尖がって、眉間にもキュウっと皺が寄ってる。

可愛い、って言葉が喉の根元まで上がって来た。

それを飲み込んで、キミの頭に手を乗せる。

「ホント、お前はばかだね」

クシャクシャと、その頭を撫でて

そのままオレは、店を出た。

「......あー...」

30年以上も生きた上に、たくさんの人間と濃密に接する職業に就いてると、それなりに人の気持ちに敏感になる物で。

さすがにキミからの好意に気付かないなんて事は無かった。

「...もう、堕ちとこっかなぁ...」

意地を張る意味も無いように感じた、夜。