色恋戦線【ars K.N】 (ページ19)

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スーツを着るのは、一年に数回。

その一回が、今日。

久々に絞めるネクタイは、少しの息苦しさも連れて来る。
シャツの襟元に指を入れて、クイっとちょっとだけ引っ張った。

卒業式。

朝から、キンと尖ったように冷たい風が吹いていた。

「結城A」

卒業証書授与の為に名前を呼ぶと、キミはその場で涙を零し

泣きなががら上がった壇上で、オレを見た。

おめでと。

声を出さずに伝えた言葉は、キミを更に泣かせてしまっただけだった。

最後のホームルームでは、男子生徒の一人が生徒手帳にサインしてくれって言い出したせいで他の生徒までが手帳を持ってオレの周りに集まる。

サインって何だよ、って思いつつ正直嬉しかったのも本音。
一人一人にメッセージを書いて、サインって言われてるから一応名前も書いて。

「私にもサイン下さい」

きっと来ないだろうなと思ってたのに。
キミは笑いもせずに生徒手帳をオレに差し出して、何度か瞬きをした。

想像の斜め上を行くのは、この頃からずーっと変わってないってコトか。

オレの手元をジっと見てるキミに「緊張するから見んな」って言うと、わざとらしくそっぽを向いたキミの横顔は、何故か今でもクッキリとした輪郭を持って思い出せる。

『たくさん、ありがとう。二宮和也』

最後に言うべきは、これだと思った。

謝るのは違う。
これからを応援するのも、きっと違う。

やっぱりズルいかな。

教室を出る時、生徒手帳を見てるキミが目の端に映って

胸が、ドンと重くなった。

追い掛けて来るキミを、立ち止まって待つことはしなかった。
それでもキミは息を切らして着いて来る。

そのまま準備室のドアを開けると「待って下さい！」って言うから、思わず「お前も入れば良いでしょ」なんて

どうして、そんなコト言っちゃったんだろうね。

帰りなさいって、言えたはずなのに。
もうここに用は無いでしょ？って、言えたはずなのに。

キミはオレが書いたページを開いた生徒手帳を見せながら、責めるような口調で言った。

「何で...こんな...」
「ありがとう、って思ったから」
「...何で...っ」

泣くのを必死で我慢してるのか、唇を噛んでキミは俯く。

「卒業した日は、泣いても許されるんだよ。今日は泣いても、子供だなんて言わねぇよ」

そう言ってデコピンすると、キミは「いてっ...」と小さく呟き

「だろうな」と、もう一度、ピンっと額を弾いてやると

声を殺すように、静かに泣いた。