漆黒の狗は黒の時代でも困っていたそうです5【文スト】【芥川成り代わり】

第百六十二話『可笑シイデショウ』 ページ5

森｢疲労で寝不足続き……おまけにあまり食べ物を口にしていなかったんだろうね？｣




森鴎外は寝ている少女を見ながら云う
その右頬にはガーゼが貼られてあった
此処は救護室､芥川がこれから幾度もなくお世話になる場所だ




森｢何故こんなになるまで彼女を働かせたんだい？太宰君｣




投げかけられた質問に傍に立っていた太宰は口篭る
この事は太宰でも予想できた｡貧民街育ちだった子がいきなり書類整理などを大量に処理するのは不可能に近い
いつか疲労で倒れるのは目に見えていた




太｢……｣



森｢君は彼女をどうしたかったのかね？過労で殺したかったのかい？｣



太｢……違います｣



森｢しかしあと一歩遅かったら彼女は衰弱死するところでもあったよ｡これも君に責任があるんじゃないのかね？｣



太｢……私は唯｣




色白い顔の少女を見る
目の下にはくっきりと隈があり､腕は肉がついていなく少し力を入れただけで壊れそうだ




太｢唯､私に対する期待の目が怖かった｣



森｢……怖い？｣



太｢だってそうでしょう？信用ならない裏の人間の男に期待を寄せているんですよ｣



森｢それだけ君を慕っているということじゃないのかい｣



太｢違うんです｡彼女は私と出会った時から期待の眼差しを向けているんです｣




可笑しいでしょう？と目を伏せて少し笑う
芥川は､あれだけ太宰を悪く云う割には彼のことを信頼しているようだった
現に太宰の云うことには忠実だ




森｢太宰君｡彼女を少しの間､私が面倒を見ていいかい｣



太｢…………はい？｣



森｢まぁ幹部の君が首領の意見に歯向かうことが出来ないから､決定だね｡それでは君は帰っていいよ､お疲れ様｣



太｢ちょっと待ってください｡私はまだこの子に……｣



森｢云った筈だよ｡君はもう帰り給え｣




太宰は再び口を開くが諦めて口を噤み､苛立った様子で部屋を出て行った




『……何故ですか』




救護室の静まった空気を壊したのは意外にも可愛らしい声



森｢それは何に対して？私が面倒を見ようと云ったことかい｡それとも……｣



『何故､彼の人は……私を……怖が……って……』




ポロポロと涙が零れ落ちる
全ての会話を聞いていた芥川はショックだった
自分を強くしてくれると思っていた人からの真逆の言葉｡思いもしなかった事実に芥川の心は抉れた




『私は唯……彼の人……に……』




太宰に叩かれた頬がとても痛く感じ､更に涙が止まらなくなったのだった


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