73: 神宮寺寂雷の世界 ページ34
「え。」
「…いや、なんでもないよ。」
一二三君が言っていたことを伝えたら、彼は怒るだろうか。
個人的にそれも見てみたいが一二三が雪切に怒られてはいけないので自重する。
通勤ラッシュは過ぎたため混んでいる道路ではなく電車を使うことにした。二人並んで歩く。
不思議だな。
もう二度と触れることはないと思っていたのに、今ではこんなに近くにいる。
「…あの、寂雷さん…?」
「え、あ…ごめん。」
自然と隣を歩く雪切の髪に触れていたらしい。困惑している雪切が頬を染めている。
その姿に鼓動が速まるのを感じる。
院内を歩いている時でさえ、茶化す様に声をかけられた…。そんなにわかりやすいのだろうか。
寂雷だって立派な大人である。雪切がどう思っているかはともかくとして、自分が雪切をどう思っているかの判別くらいできる。一二三と話して、もう一度彼と会って、はっきり自覚してしまった。
できることなら思いの丈を全て伝えたい。しかし今まで彼が生活してきた汚水のような環境を考えれば、彼にとってその言葉が本当の意味で伝わるのか寂雷は不安だった。
_例え伝わらなくとも、彼がいるだけで、寂雷は満足できていたのだ。
「そう言えば、結局買い物はできなかったね。」
「そ、うですね。」
「今度、一二三君達も誘って行こうか。」
きょとんとした顔で寂雷の方に顔を向ける雪切。寂雷はそれに対して照れたように笑う。
「よくよく考えてみれば、若い子の趣味は私はわからないからね。彼らなら君に合う物を見つけてくれるだろうと思って。…少し、人任せかな?」
「…おれ、は。……寂雷さんが一緒なら。」
そう言う雪切は顔を背けておりその表情はわからない。しかし辛うじて耳が真っ赤であることは分かった。
「……君は本当に…。」
聞こえないように呟いた。頬が緩むのを必死に抑える。
貴方で終わりたい。
彼は今でもそう思っているのだろうか。
私が彼の首を絞めることを、彼は望んでいるのだろうか。
彼が冗談を言う人間ではないことを寂雷は既に理解している。だからといって戯言を言うパペットでないことも。
…いや、例え今でもそう思っていたとしても。
私は彼の望みをかなえることはできない。
それは、医者としてではなく、神宮寺寂雷という人間としての判決だった。
赤信号が、二人を止めた。
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Last(プロフ) - のそけさん» ありがとうございます。シリアスものは批判という名の逆境も多いですが、そう言っていただけるととても嬉しいです。 (2020年5月23日 22時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
のそけ - つらいけど、いい作品でした。ありがとう。 (2020年5月16日 19時) (レス) id: d765cbd891 (このIDを非表示/違反報告)
ぴみゃ@ごりらー(プロフ) - え……好きです……() (2019年10月31日 17時) (レス) id: e205c70a13 (このIDを非表示/違反報告)
Last(プロフ) - 彩晴さん» こんにちは。小説を書いていて喜びを感じる時は、作品を書きあげた時と、やはりこうして感想をいただいた時ですね。それはどんなに時間が経っても変わることは無い様で。僕からも感謝を。この作品を愛していただき、ありがとうございました。 (2019年5月16日 23時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
彩晴(プロフ) - こんにちは。作者さんの世界観に取り込まれて、一気に読破してしまいました。話の流れや表現の仕方、なにからなにまで自分好みで。読んでいてとても心動かされる作品でした。完結してから期間あいておりますが、この感謝を伝えたくて。これからも作品楽しみにしてます。 (2019年5月16日 17時) (レス) id: 332aee91a7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Last | 作成日時:2018年12月16日 21時