165話 跡部景吾の決意2 ページ29
「あ、……え? 跡部さん?」
会場を出る前に立ち寄った、人気の少ないあの日の建物の裏に来た時、上擦った声で名前を呼ばれて振り返る。すると弓を持ったAが、大きな目を瞬かせてこちらを凝視していた。
貴「何してんすか」
額には汗が滲んで、目元は微かに赤く染っていた。
跡「アーン? 俺様がいちゃいけねえのか」
貴「んな事言ってないでしょ。また偶然ですか?」
Aが嫌味を効かせた声で言う。
そんなひとことに、お互いにだけの思い出があることを認識させられて、無意識に顔を逸らした。
貴「暑っついのによくやりますね」
俺を見ながら、Aが気だるそうにつぶやく。恐らくジャージ姿の俺を見てそう言ったのだろう。
跡「それはお互い様だろうな」
貴「まあ確かにそうっすね」
俺の言葉に誇らしげに笑うと、Aはなんの前触れもなく左の手のひらを俺の前に出した。
跡「あん?」
眉を寄せると、Aがキョトンとした顔で、さも当たり前のように告げた。
貴「見てたんでしょう? 優勝おめでとうご褒美ください」
臆面もなく、図々しく、何の企みも媚びもなく、この俺にそう言ってのけるこいつを、『面白い』と、最初はそう思っていたのだ。
ーーーーそれだけだった。
俺が大きくため息をついたのを見て、何故かAの方が呆れたように息を吐いた。
貴「高校進学おめでとうでもいいです」
跡「何様だてめえ」
さすがに調子に乗りすぎた自覚があったようで、Aは僅かに肩を震わせて一歩俺から離れた。
それでも言いたいことがあるようで、引きつつも言い訳のように続けた。
貴「進学危うかったんですから」
跡「……内部進学が危ういって、一体どういう成績してんだ」
Aの言葉に驚いて、思わず絞り出すように呟く。
本人もそのまずさにはしっかり自覚があったようで、隠れるように身を縮めて目を逸らした。
貴「そこは、まあ、企業秘密ということで……」
ボソボソと言うAを少し追い詰めたくなったものの、一応進学はしたし、この大会も個人優勝したということで、その成績に免じて見逃してやることにした。
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作者名:葉奈 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時:2022年8月26日 17時