鯨波の声 3 【 練 紅炎 】

43話 ページ43

国民を守る義務を背負いながらも、守るべき対象がシャロットを攻撃してきたのだ。

まんまるだった幼い心が、歪(ゆが)むには十分だったのだろう。

気がつかなかった。
国民は守護するもの。
じゃあ、その国民に害を及ぼした囚人は？

排除(はいじょ)の対象・・・！

考えもしなかった！！

「さあ、教えておくれ。僕は間違っているのか。否か」

愛の告白のような声だった。

こんなのは間違っている。
だめに決まっている。

でも、否定したら、シャロットはどうなるの！？

それだけではない。
シャロットが罪人になれば、今の王家は信頼を失い、下手をすれば国家は崩壊(ほうかい)に繋がる。
医学の進歩は止まり、今も病に苦しむ人々には絶望しか残らない。

体が動かない。
思考がまとまらない。

「犯罪者にも慈悲の心？君らしいけど、アイツらにそんなものをかける価値があるのかな。僕にはわからない」
「慈悲・・・」

途端、はっと気がついた。

違う！！

今、私が考えていたことは犯罪者への慈悲だとか、そういうことではない。

人道的とか、国家の行方とか・・・、慈悲の心などではない！

ああ・・・。そういうことか。

所詮(しょせん)、私も囚人たちの命と国家の行く末を天秤(てんびん)にかけ、物事を考えていたのだ。
それに気が付いた途端、笑いたくなった。

「私は、気がつかない間に『汚れた大人』になっていたんだね」
「それは違う。見える景色が広くなっただけだ。」

景色・・・？

「見える景色が広がれば、選択肢の幅も秤の中の重さも変わるものだよ」

責めるでもない。
押し付けるでもない。

ほら、ここに書いてあるよ。とでも言うように、答えを持ってきてくれる。


シャロット。
例えば、アンタを失っても、私は壊れたりしない。
でも、きっと毎晩枕を濡らす。

『僕は君の味方だよ』

どうして、私は同じものを返してやれなかったんだろうって、毎晩後悔すると思う。
シャロット・・・、私もアンタが大切なんだよ。

「・・・になる。」
「ん？」
「私も共犯になる」



その後、シャロットは死人を出すことなく薬を完成させた。
成功例を増やすことで、国民からの信用を得る事も出来き、今では、医療従事者(いりょうじゅうじしゃ)に普及(ふきゅう)している。

また、七海連合との同盟関係を有効利用し、海外の医療技術をシャロットは積極的に取り込み始めている。

彼が目指した国作りが一歩一歩と前進しているのだ。

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