鯨波の声 9

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50話ページ50

「アンナちゃん！紅輝君！！」

こちらに走ってくるAに、アンナは思わず立ち上がった。
ドレスを捲(まく)し立て、高いヒールでの庭園は走りにくそうだ。

「Aちゃん？一緒にいた人は？いいの？」
「ムー様？忙しい方だから、シンに挨拶だけして船に引き返したよ」

その様子から、最初から納得済みのことだったことが伺える。

「私も帰ろうと思ったんだけど、アンナちゃん帰ってこないから」
「え！今来たばかりなのに？」
「付き合いで顔出しただけだから。元々来るつもりもなかったし。」

同じ女から見てもAは、健康的な美人だ。
あけすけない性格が、付き合いやすい。
さっきは勢いで、突っかかってしまったが、新しい恋人が出来たってなんらおかしくない。

なのに。

『あれが、斬首刑になった男の女か』
『今度はシンドバッド王に擦り寄るんだろ。女はいいよな』

Aを疎(うと)む、昨日の光景がフラッシュバックされる。

「・・・。Aちゃんは、どうしてこの国にいるの？」
「え？」

あんな酷いこと言われて。
辛い思いしてまでなんでこんなところにいるのかさっぱりわからない。

「帰っておいでよ！行くところがないなら、アルガン島で暮らそうよ！」

Aは微笑みながら、首を横に振るばかりだ。

「どうして？」
「あそこは幸せな思い出が多すぎて、とても堪えられない」

アンナが口を開きかけた瞬間、ドン！！！と大地が突き上げる感覚に、３人は大きく体勢を崩した。

「きゃあ！」
「アンナ！」

アンナを抱き締めた紅輝ごと、Aは二人の上に覆い被さる。

地震？！

顔をあげたAの目に飛び込んできたのは、図書館が大きく崩れていくところだった。

時は少し遡(さかのぼ)る。

華やかな会場を後に、紅炎は図書館を訪れていた。
誰にでも解放されているとあって、終わるまでの時間を過ごしたいといえば、すんなり案内された。

皆警護に駆り出されているせいか、人が少ない中、悠々(ゆうゆう)と表題を目で追って行く。

独特の空間と僅かなインクの香り。

どこの国であっても、紅炎にとっては、心地よく胸踊る場所だ。

ぐるりと見渡しただけでも古今東西の本が所狭(ときろせま)しと並べてある。

古文書
魔法書
近代学

興味深い表題の本を手に取り、中身を確認すると目を通したいと思う本が多い。

自然と歩くスピードがゆっくりと。
目の動きが忙しくなっていく。

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