鯨波の声 9

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28話ページ28

「話は聞いた。アバスの様子はどうだ」
「今、治療中で。命には別状はないから心配するなって」

そうか。と、言葉少なげにアンナを慰(なぐさ)める姿が紅炎と重なって、Aは思わず頭を振った。

モラン？
やっぱり聞いたことがない名だ。

アルパ国民にしては珍しい名前だし、別の国の人物だろうか。

「白龍帝に謝罪を求めたそうだな」
「だって、許せない！1度ならず2度までも！！ううん、2回どころじゃない！あいつのせいで、先生が・・・！！」

怒りに満ちたアンナの言葉に紅炎も頷いたが、その相貌(そうぼう)は冷静としか言いようがない。

「落ち着け。いいか、お前がいくら騒ごうと皇帝は頭を下げん。」
「なんで？悪いのは向こうなのに！なんで！？」
「皇帝は人ではない。同じ生き物だと考えるな」

わけがわからない！と喚くアンナを、紅炎は辛抱強く諌(いさ)めた。
Aは行き交う人を呼び止め、何があったのか尋ねると答えはすぐに出た。
どおりで揉(も)めるはずだ。

アンナの怒りもわかるし、モランの言い分も十分に理解できた。

皇帝は非を認めてはいけない。
非を認めれば、国の威信に関わり、威厳(いげん)を失う。
平民より頭を下にするなど絶対にあってはならないことだ。

アルガン島にいた頃、紅炎はアランにねだられて肩車をする事が稀にあった。
その行為自体、異例中の異例だと、あの場にいた何人が理解していたか。

「アンナ、頼みがある」

紅炎のお願いに、アンナは視線をあげた。

「理不尽だというお前の言い分もわかるが、ここは納めてくれないか」
「知らないよ！なんで私が我慢しなきゃいけないの！！なんで、いつも私たちばかり！！」
もはや、駄々(だだ)をこねた子供のように嫌だ嫌だと騒ぐ、アンナの姿に胸が苦しくなった。
アンナは何も悪くない。
兄の名誉を守るために必死になっているだけだ。

「ここで騒ぎを起こしても誰の得にもならん。アルガン、帝国国民双方の為に頼む」

いよいよアンナの顔が泣きそうなほど歪められていく。
耐えきれなくなったAは「待ってください！」と二人の間に割入った。

「子供相手に、やめて下さい！貴方、誰ですか！？」
「Aちゃん！」
「A様！」

突然の乱入だったにもかかわらず、顔見知りの登場に、アンナを説得しようとしていたシンドリア側の従者達もホッとしたような表情を見せた。