【文スト】中原中也の奮闘記録

一発逆転 ページ31

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『一寸野暮用で』


と、云った私を一瞥して、階層ボタンを上から下迄一通り眺めた中原君

勿論、私しか乗っていないエレベーターの階層ボタンは、今しがた私が押した最上階のボタンのみが点灯している


心の中で溜め息を吐いた



「へぇ、野暮用、最上階に？」

『まあ、ははは…』


いつもの私なら、適当な事を云ってこの場をやり過ごせる筈なのだが

いかんせん顔が見れない、加えてまともに話せない


怪しさ百パーセントの誤魔化しで精一杯だ


完全に中原君の優勢である


「――首領に何の用だ」

『し、知らない』

「あァ？」

『呼ばれたんだよ、だから本当に知らないの』



云うと、少し考えて、遂に小さな箱の中に足を踏み入れた中原君


威圧感満載で近付いてくる

そして後ずさる私、そして距離を詰める彼、そして壁と背中がこんにちは


物理的にも精神的にも、絶賛壁にぶち当たってる



「――首領が、手前を呼び出した？」

『そ、そそそうだよ…』


確り視線を下に固定して、意外とちゃんと靴磨いてるんだなあなんて、必至に意識を他所へ飛ばす


「俺も行く」

『ひ、一人で来いって云われた』

「……」



急に黙った中原君は、すっと片手を伸ばして、私の背中とこんにちはしてる硝子張りの壁についた

そしてもう片方の手で私の両頬を掴むと、ぐいっと



「ブッサイクな面」

『う、うう煩いよ離せ莫迦』

「ちゃんと目見て話すンならなァ」


そんなの無理だ、お父さん牛が子馬を産むくらい無理な話だ


至近距離で其の整ったお顔を直視してると心臓が破裂しそうなので、凄く目を瞑りたいのだが、この状態で其れをしてしまうと完全にアウトである



―――唐突だが、人という生き物は稀に、如何しようもない状況に陥った時、奇行に走るという傾向がある



其の一例が今の私だ


拳に力を入れて、直ぐそこにある腹筋に一発お見舞いしてやった

不意打ちで食らった其れは、割と効いたらしい


私から手を離して数歩後ずさった中原君をその儘、閉まりかけるエレベーターの外へ押し出した



「痛ッてぇなっておい！待ちやがれ！」


等と叫んでいるのが小さく訊こえるが、残念乍扉はもう閉まった後だ


土壇場で私の逆転勝利である



『すまん中原君の腹筋』


一人になったエレーベーターで、一応謝罪をしておいた



―――非常に申し訳ないが、私の心臓の事情も含めて、彼にだけは、ついてきてもらっちゃ困るのだ


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