重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第53話　行動の意味 ページ6

「もう都合つけたのか？ 凄(すげ)ェな」

　電話口の向こうで、『凄くないよ』と謙虚になるAに、もう一度口頭で褒めた。

「反対されたのは想像つくけど、どうやって納得させたンだよ？」

　首領(ボス)とは違い、彼女の家系は表舞台に立つ普通の医者だ。人殺しの道を歩んでいる組織とは、文字通り正反対の世界にいる。

『横浜の街を一緒に歩いただけだ』

　婚約者の言葉に、嘘は無ェ。だが、何かを意図的に隠していると、俺の直感が告げていた。

「擂鉢街(あそこ)に連れていったな？」
『あァ。そのほうが、納得させるのに手っ取り早いと思ってね』

　彼女が、何の理由もなく、態々(わざわざ)治安の悪い処へ行くはずがない。問い詰めたい衝動を抑え、行動の意味を問い尋ねる。

「…理由は？」
『ポートマフィアは、殺人鬼集団じゃない。正当な理由と行動の指針が暴力という手段だけで、普通の感覚を持った人間だと証明したかった。それに、顔を合わせる前に推論と先入観だけで判断されたら、婚約者として腹が立つのも当然でしょう？』

　正直に折れて白状した事も、俺を想った故(ゆえ)の行動も、本当は褒めてあげたい。だが、本人に実力があるとはいえ、両親の命を危険に晒(さら)した事実は否めない。

「気持ちは解(わか)るが、顔合わせ前に危険な真似すンな。こっちの寝心地が悪くなンだろ」
『ごめんなさい』

　若(も)し、とんとん拍子に話が進んでいったとしても、あの首領(ボス)の事だ。彼女の家系に対して、ポートマフィアの傘下に入るよう要求するだろう。

「まァ、いい。婚約指輪は、予定通り土曜日に見に行くか」
『了解』

　それから、求婚(プロポーズ)した日に決めた確認事項を、予定が狂う事前提で。白紙になる可能性も含めて話を進めていった。


　報告を受けた翌週の土曜日。
　店の混雑を避けるために、10時頃を目安に元町・中華街駅前で待ち合わせたが、俺は、婚約者であるAの普段とは違う格好を見て、一瞬かける言葉を見失った。

「おはよう、中也。…どうしたんだ？ そんな顔して」
「ん？ ワンピース姿でも可愛いって思っただけだ」
「っ。そ、そう？ ありがとう？」
「なんで疑問形なンだよ？」
「褒められるのも、これに着慣れてないせいだ。だから、その…。あんまり見ないでくれ。…恥ずかしい」

　照れ隠しに、スカート生地をつまむ姿も可愛いと思う俺は、もう末期かもしれない。

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