重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第54話　婚約指輪 ページ7

「中原様ですね。承(うけたまわ)っております。此方(こちら)へどうぞ」

　地下１階にある婚約(ブライダル)専用フロアに通され、俗に云う恋人繋ぎで下の階へ降りていった。自分が着席する前に、A側の椅子を引いてエスコートして、彼女から礼の言葉を受け取り乍(ながら)、腰を落ち着けた。
　女性従業人(スタッフ)の助言や提案を受け入れ、Aは、珍しく緊張を表に出し乍(ながら)も、自分の好みに照らし合わせて、真剣に吟味(ぎんみ)していく。

「好きな物を選べよ。一生身に付ける指輪なンだから」
「んー、わかった。…あの、控え目のデザインが好きなんですけど、婚約指輪と重ね付けできる物はありますか？」
「はい。ございますよ。…此方(こちら)になりますね」

　俺の言葉と従業員の案内を皮切りに、特定の指輪を選び出すまでにかかった時間は、即席麺が二つ出来上がるほどだった。

「クロッシングスターと、ムーンストリームにします」
「はい。畏(かしこ)まりました」

　婚約指輪の成約後、特典として徒歩数分の場所に構える、スタージュエリー本店直営の喫茶店に寄り、そこで一緒に昼食を楽しんだ。


　老舗洋菓子店に向かう途中で、俺は、求婚(プロポーズ)した日の会話を思い返して、婚約者に尋ねてみた。

「A。如何(どう)して、あの店を選んだンだ？」
「ああ。それは──」

　不意に言葉が詰まった様子だが、それでも笑顔を見せて気丈に振る舞い、老舗宝石店を選んだ理由を説明していく。

「羊に居た時、偶(たま)に、女の子達だけで出かける日があったでしょう？」
「…そういやァ、あったな」

　年に一度、同性同士で気分転換も兼ねて、街の外で買い物をする日があったという記憶を脳裏から引っ張り出してみる。

「７年前だったかな。柚杏達と一緒に、改装したばかりのあの店に来た事があったの。その時は、硝子(ガラス)窓越しに眺めてて、女の子らしい物なんて興味すら無かったけど、煌(きら)めく石に、少なからず興味は湧いてたんだろうね。気づいたら、彼女達の冷やかしに乗る形で、『今は、好きって感情が解(わか)らない。でも、いつかそんな人ができたら、絶対にこの店で指輪を選ぶ』って宣言してたんだ。あの時は、自分に恋人ができるとか全然想像できなくて、唯(ただ)の夢物語だと思ってたからさ。今日、中也のおかげで夢が一つ叶ったよ。…ありがとう」

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