黒百合の勝鬨【石田三成】参

憂 ページ18

それは宵闇に忽然と現れた。

赤色に染まった霧は炎か鮮血を連想させる。
木製の看板には『本能寺』の文字。
異質な雰囲気を漂わせるその場所で低い笑い声が響いた。

人ならざる者の声。
人々に恐怖を植え付けるような声。


「ああ……ようやく御目覚めになった！我らが第六天魔王様！」


織田の旗を背負った兵士たちが狂ったように歓声を上げる。すると本能寺の扉が開き、復活した主君の姿を一目見ようと兵士たちが集った瞬間、集団の中で一人が悲鳴を上げた。
それが引き金となり、連鎖して悲鳴の数が増す。

扉から姿を表したのは主君でもましてや人でもない。巨大な棘が無差別に彼らの身体を貫き、貫かれたまま本能寺の中へ引きずり込まれた。

恐れをなした兵士は逃げ去り、中には腰を抜かして泣き喚いて許しを請う者もいた。
それさえも虚しく、最終的にはその場にいた兵士の過半数以上が本能寺へ引きずり込まれた。

奇跡的に生き残った者はあまりの恐怖にガチガチと奥歯を鳴らし、蛇のように地面を這いつくばって助けを呼ぶ。

皮肉にも、彼らが最後に聞いたものは自分の断末魔だった。

*******

本多忠勝は主君である家康の身を案じていた。

交渉へ向かったはずのAらが一向に帰還せず、戻ってきたのは傷を負った天海だけ。
彼曰く、Aは密かに竹中半兵衛を匿っており、更には柴田勝家と結託して石田方に寝返ったらしい。

家臣たちは動揺していた。
ただ一人、家康だけは咎めも嘆きもせず「そうか」の一言。二言目には「他に三成の方へ行きたい者はいないか」と家臣たちに告げた。

驚いた家臣たちは必死で家康に忠誠の言葉を吐いた。忠勝とて例外ではなかったが、どこか家康に化かされている気がした。


決して皆の前では心の内を露わにしない。
彼も人なのだからたまには弱音を吐いたって誰も咎めやしないのに。

いつか知らぬ間に家康が壊れてしまわないか不安だった。
正確には今回の件で壊れてしまっていないか案じていた。


「おっと、戦国最強が顔に似合わず浮かねぇ顔してやがる」


声がした方を見下ろすと、四国の大名で家康の古い友人でもある長曾我部元親が碇槍を担いで忠勝の傍まで歩み寄って来ていた。


「暗い顔してるところ悪いが、出陣のご命令だぜ。なんでも寺が人を喰らってるって話だ。これ以上被害が広まらないように対処して欲しいとさ」


一大事を察した忠勝は頷くように首を動かし、本能寺が出現した場所へ向かった。

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