芝居は考えるのではなく、感じて演じるものである。 ページ25
「えっと、問題は此のキスシーン迄の台詞ですね。」
聖川先輩が苦戦しているのは主役がヒロインを抱き寄せ、キスまで持っていくシーンである。
「成る程、此れは確かにきわどい……。」
「キャー」と思わず頬に片手をあてて照れる。
台本を読んでみたが、夜7時のゴールデンタイム枠で放送する割りには中々刺激的なキス場面だと思う。此れは、聖川先輩だけでなくても恥ずかしい。
アニメやゲーム、そしてドラマをよく見ていて恋愛ものには免疫がある程度ついている私でさえも、台本を読んでいるうちにほんのりと顔が火照ってきてしまったではないか。
「男女が気安く抱擁やその、接吻等してはならん!」
顔を茹でたタコの様にして力強く言い切る聖川先輩は、些か考えが古臭い上に頭がお堅い。
そんな人が恋愛ものの主人公を演じるのは無理が有るのではないか、多少の不安を抱きつつ、台本を片手に練習が始まった。
―――――場面は夜の川のほとり
城からこっそり抜け出した想い人であるヒロインの城へスパイとして潜んでいた主人公と、そんな主人公に恋をしてしまった敵国の姫であるヒロイン。
其処で主人公は自分がスパイだと言うことを、姫にバラしてしまう。
『俺は…………お前の国と敵対する甲斐国の間者だ。』
主人公に成りきった否、最早既に主人公という人間に乗り移った聖川先輩。先輩の表情は真剣で、瞳には一切の曇りがなく、芝居に対する熱意が溢れかえっている。
聖川先輩の演技に対する真剣な思いを汲み取り、私もキスシーン等に一々赤面しないで役に集中する事にした。
『貴方が? 変な冗談は止めてちょうだい、心臓に悪いわ。』
私が演じるヒロインは勝ち気でお転婆、何時もは我儘ばかりだけれど、偶に何処か憂いを帯びた、哀しそうな雰囲気を醸し出すお姫様。
正に王道のツンデレヒロインだ。
何時もは気が強くて堂々としている彼女、次第に淡く切ない想いを寄せる様になった主人公が自分の敵だと知り、どんな気持ちになったのか。頭をどれだけ捻って考えても分かるわけがない。
お芝居は考えるのではなく感じるものだ。
『嘘じゃない…………此れは全て、全て事実なんだ!』
例え本当の事でも嘘だと言って欲しかった。元は使用人と一国の姫、彼が正体を明かす前までも身分の差に悩まされ、次は敵同士というお互いの立場に悩まされる。
傍に居るのに結ばれない悲しさ。
『そんなッ―――』
私は頬に一筋の涙を流した。
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作者名:櫻餅 | 作成日時:2017年5月29日 10時