アイドルに頭突きはNG ページ26
役を演じて役にのめり込んで、次第に早まる心臓の音。
頬に1滴の雫が流れた刹那――――グイッ、力強く右腕を引かれ、一瞬にして私は聖川先輩の腕の中へとコンパクトに収まっていた。
自分が聖川先輩に抱き締められていると頭が追い付いたのは、其の数秒後のこと。
『例え敵国の者であろうと、私は姫の事を心からお慕いしております!』
見ると聖川先輩の端正な顔も、涙に濡れてしまっていた。
きっと、役に意識を投じて居るのだろう。等と呑気に彼の台詞を聞いていると、無意識なのだろうか段々彼の顔が迫ってきていた。
「えっ?」
聖川先輩の迫真の演技に呆気に取られている内に、私と彼の唇の距離が0に近い状態までやって来た。
此のままだと本当にキスをされてしまう。そう悟った私は――――
「聖川先輩っ!」
頭を思いっきり振って、彼の頭に強い衝撃を与えた。
ゴッチン
鈍い音と共に、聖川先輩の顔が遠退いた。
「あ、すみません、やり過ぎました。」
次の瞬間、聖川先輩が床に寝転がり、頭を両手で押さえている姿が目に飛び込んできた。
私の石頭が聖川先輩の頭に大ダメージを与えたらしい。
アイドルに頭突きを咬ます等、本来ならば言語道断。だがしかし、今回ばかりは私の大切に取っているファーストキスとやらが奪われそうになったのだ。其処は多目に見てほしい。
「否、此方こそすまない。」
口元を押さえ、驚いたように眼を丸くしている聖川先輩。
「いえ……」
目が合わせ難くて咄嗟に彼から視界を逸らす私。
私と聖川先輩、そして周りの人達の間に微妙な空気が流れ出す。
「い、いやぁ、二人とも迫真の演技だったね。」
誰も何も言葉にする事が出来ない雰囲気の中、小さな拍手が起きる。
空気を読んだ神宮寺先輩が、咄嗟のフォローをしてくれた。流石、コミュニケーション能力が高いだけあって空気を読むのが上手い。
「Aちゃん、お芝居は初めて?」
「え、ええ、まあ。」
芝居が終わっても尚、高鳴る胸の鼓動が静まらない。私はこんなにも演じることが好きであっただろうか。
「其れにしては台詞の間合いや、声のトーンの使い分けが上手いですね。」
この中で一番芸歴の長い一ノ瀬先輩が痛い所を突いてくる。
「そ、そうですか?」
「思わず演技に引き込まれちゃったよ!」
「特にあの涙流す所はグッと来たよな。」
一十木先輩と来栖先輩の率直な感想に心癒された。
褒められて悪い気はしない。
正論は何も反論できなくなるから悔しい。→←芝居は考えるのではなく、感じて演じるものである。
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作者名:櫻餅 | 作成日時:2017年5月29日 10時