イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ29)

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29.ズルい。ページ29

先生が何も言わずに、廊下をズンズン歩く。

授業中で、廊下には誰も居ない。

「お前の靴と鞄はもう車に乗せてあるから」

全然、こっち見てくれない。

喋る先生の喉仏が上下するのを目の前で見て、苦しくなった。

「先生...授業...」
「オレ、空き時間」

だから送るんだ、って言われてる気がした。

たまたま空いてたからなんだ、って。

「...保健室まで連れてってくれたのって...」
「オレ」
「...それは...聞きました...」
「じゃあ何？」
「...その時も...あの...」

こうやって、お姫様抱っこだったの？

こんな風に、抱き上げてくれたの？

「これが一番運びやすい形だってだけ」

職員用の昇降口で雑にスリッパを脱いで、そこに居た用務員さんに「オレの靴出してー！」って人懐っこく頼んで履き替えてる。

「ん...っしょ」

小さな掛け声と共に、私の身体を抱え直す。

「...私...歩けます...」
「子供が遠慮すんな」
「......」

駐車場を歩く先生の足音

ちょっと目を上げると視界に入って来る、顎のホクロ

白くて細い首、そこに掛かる柔らかそうな黒髪

そのどれも、まだやっぱり好きで

嫌いになんか、なれなくて

絶対にこの想いは勘違いなんかじゃないって、先生に言いたくて

「下ろすよ？立てる？」

一台の車の前で地面に下ろされて

何かもう、熱のせいなんだか、「好き」って気持ちのせいなんだか、よく分からないけど立ってられなくて

その場にしゃがみ込んだ。

「おい、もうちょい頑張れ」
「......頑張ってます...」

これ以上、頑張って良いの？
私が頑張ったら困るくせに。

「ほら、立てるか？」

先生が、私の腕を引っ張って立たせる。

「乗って？」
「......」
「ん？どした？」

助手席に乗れるんだって思ってたのに。

憧れだったのに。

先生が開けてるドアは、後部座席だった。

『運ぶ為』にお姫様抱っこはするのに、助手席には乗せてくれない。

どうせならずっとずっと夢を見せてくれたらいいのに。

先生はズルくて、優しくない。

私が後部座席に乗ると、ドアをパタンと閉めて

先生も運転席に乗り込んだ。

斜め後ろから、運転してる先生の手を見る。

時々、左側の横顔が見える。

時々、後ろを気にしてくれるけど、わざと目を合わさなかった。

先生。

私が風邪をひいたのは先生のせいなんだよって言ったら、貴方は何と言ってくれるの？

先生。

先生に私の風邪がうつったら良いのに。

私のせいで、先生が苦しめば良いのに。