イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ18)

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18.都に雨の降る如く。ページ18

二学期が始まった。

深緑色のブックカバーを掛けた文庫本はいつも鞄の中。

珍しく準備室じゃなくって職員室にお手伝いで呼ばれた時、先生の机の上に同じブックカバーの本を見付けて「やっぱりお揃いだ！」って心の中でガッツポーズをした。

だからって、「私もここの本屋さん行ったんですよ」とは言わない。
先生のテリトリーに入り込んだらいけないって、何となく思ったから。

もしそのテリトリーに入れる時が来るのなら、それは先生と生徒の関係から何か変わった時にしたい...って。

そんな事を、夢見てた。

衣替えをして

先生も、カーディガンを着て来るようになって

文化祭では羨ましくって仕方無かった、先生のギター伴奏での合唱が叶ったし

「おい、秘書ー」って先生は私に今日もお手伝いを命じてくれる。

「はい、ご褒美」

そう言って、もうミルクティーしか出さなくなった先生を見て私の胸はキュウ...と縮んだ。

「緑茶が飲みたいって言うと思いませんでしたか？」

ペットボトルの緑茶を飲んでる先生に、試すように訊いてみる。

「お前、ミルクティーしか飲まないじゃん」
「...フフッ」
「なぁにがおかしいのよ」
「何でも無いです。いただきます」

何だ、お前...ってククって笑った先生と放課後数分だけの二人っきりの時間。

部活をしてる生徒の声が聴こえる。

緑茶を飲む先生の喉が上下するのを、盗み見る。

甘いミルクティーが、胸の中に溜まって行く。

私の最後の高校生活は、本当に幸せだった。

神様は私の我慢を二年間、ちゃんと見ててくれたんだ。

鞄の中の、もう読み終わってる文庫本をソっと撫でる。
この本は、恋する私のお守りのようになった。

・

あの日は...雨が降っていた。

季節はもう冬で、冷たい冷たい雨だった。

朝は晴れてたのに、お昼過ぎから降って来た。

「傘...忘れたな...」

少し前にあった席替えで窓際の席になった私は、鼠色の空を眺めながら溜息を吐き出した。

「都に雨の降るごとく、わが心にも涙ふる」

言葉と共に、トン、と机の端に乗せられた指。

視線を上げると二宮先生が「よそ見すんなよ？」って一言呟いて、「じゃ、続きなー」って教科書を音読しながら歩いて行った。

先生のちょっと猫背な後姿を目で追いかける。
音読してるその声を、目を閉じて聴く。

窓の外から聴こえる雨の音と、先生の声が心地よく感じた。

あの日

私は、やっぱり「幸せだな...」って思ってたんだ。