35. -side.S- ページ1
「Aのお父さんが亡くなったのは、俺のせいだ」
俺が発した言葉に、当然だけどAは戸惑っていた。
どこから話すべきか一瞬ためらった。
だけどきっとAには全てを知る権利があると思った。
「俺は父がいなくて、母親と二人きりだったんだけど。
これがまあひどい女で。
今でいうネグレクトってやつ？
男できると家に帰ってこねーの」
小さい頃の俺は、いつもお腹が空いていて。
玄関のドアが開くのを今か今かと待っていた。
「帰ってきても、パンとかおにぎりとか渡されて次の日にはまた出てくんだけど。
そんな母親でも帰ってきたら嬉しかったんだよ」
あれは。
小学校に上がる前の年の夏だった。
「翔、花火見に行こっか」
そんなことを言われたのは初めてで。
俺はものすごくはしゃいでいた。
母は優しくてにこにこ笑っていた。
「何を食べてもいいよ、ほしいもの何でも買ってあげる」
俺は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
わたがしとかたこ焼きとかたくさん食べて、ヨーヨー釣りをしてお面を買ってもらった。
花火が上がる音がして、俺は空を見上げた。
「お母さん、きれいだね！」
「そうだね、きれいだね」
今でもはっきり蘇る。
色とりどりの、花火。
火薬のにおい。
俺は夢中で空を見ていて。
夢にも思わなかった。
それが母と交わす最後の会話になるなんて。
「お母さん？」
花火が終わった時。
隣にいたはずの母はいなかった。
「お母さん！」
ヨーヨーが手からすべり落ちて。
地面で、スローモーションみたいに弾けて割れた。
そこから、しばらくは記憶が曖昧だ。
泣きながら母を探して走りまわる俺を、誰かが警察に連れて行ってくれて。
誰も迎えに来ない俺は施設に預けられた。
それでも、しばらくの間はけなげに母親を待っていた。
遅くなってごめんね、って迎えに来てくれるんじゃないかって。
だけど、何日経っても何ヶ月経っても母は来なくて。
ある日突然俺は悟った。
ああ、俺は捨てられたんだって。
黙って聞いていたAが、ぎゅうって唇を噛むのが見えた。
「……苦しかったよ。
どうして、どうして、って問いかけても答えなんかなくて」
母を責めるより、俺は自分を責めた。
俺が悪い子だったからじゃないか。
もっといい子にしてたら捨てられなかったんじゃないか。
ゴールが見えない真っ暗闇をぐるぐるぐるぐる走ってる。
そんな毎日だった。
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2018年1月22日 18時
