36. -side.S- ページ2
そんな時。
施設にあった古びたビデオテープを何気なく再生した俺は、息を飲んだ。
それは、ネグレクトを扱った一本の映画だった。
その主人公は本当に俺自身のようで、途中で突然母親がいなくなるところまでそっくりだった。
「都合よくお涙頂戴な展開で母親が迎えにくる、なんてことは一切なくて。
主人公は苦しいまんまなんだよ。
でも生きようとしてんのが伝わってくんの。
生きてやるって強い気持ちが伝わってくんだよ」
俺は何回も何回も擦り切れるくらい、その映画を見た。
職員の人に呆れられるくらい。
「何の映画か、わかるよな」
Aは頷いて、かすれた声で言った。
「父の撮った映画、ですよね。
『真冬の太陽』」
「……俺は、あの映画を見て。
生きてやるって思ったんだ」
どうして母親が俺を捨てたのか、その答えは永遠にわからないけど。
少なくとも自分を責めるのはやめた。
そしてこれから生きていくためにどうすればいいのか、考えるようになった。
寝る間も惜しんで勉強した俺は、奨学金をもらって大学へ進学した。
就職先を映画配給会社にしたのは、それからずっとたくさんの映画を見てそれを生きがいのようにしてきたからだった。
生半可な気持ちで就職先を決めている奴らに、負ける訳がない。
「だからあの時……言ってたんですね。
『映画があったから、俺は生きてこれた』って」
頷くと、Aは俺の目をじっと見た。
「よくわかりました。
櫻井さんがどんな気持ちで父の映画を見てくれていたか。
だけど、父が亡くなったこととどんな関係があるんですか」
「それは……」
「Zero-G」に就職した俺は営業部に配属になった。
利益を出すためにどの映画をどのくらいの規模の映画館で上映するかを決め、それを実行するためにリサーチやプレゼンをする。
そういう緻密な計算と大きな決断力を要する仕事は、性に合っていた。
俺は自分で言うのもなんだけど、かなり優秀な方だったと思う。
「同期の相葉くんも言ってました。
櫻井さんは昔営業にいて、すごく仕事ができたって」
「だけど。
ある日Aのお父さん、稲葉監督の映画を担当することになって」
人生を変えてくれた映画監督を前にして。
俺は冷静さを失った。
「もっとたくさんの人に、この人の作る映画を見てほしいって。
私情をはさんだ」
結果。
映画はかなりの赤字を出し。
その映画を最後に稲葉監督は亡くなった。
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2018年1月22日 18時
