9 「記憶に色はつかない」 ページ9
.
「────」
息が、ひどく浅い。見かねた妹が「にいちゃん」と声を掛けてくる。前までは『にい』だったのになあと言うと怒るから、それは言わないでおくけど。
落ち着こう──フラットにいこう。軽すぎないよう、重すぎないよう。いつも通りを心がけよう。全部今更の話だ──今更の話を蒸し返すぼくが言っちゃあいけないが、本を湿気の多い処にいつまでもおいていくのはいけない。
埃を取らないと──誇りを取り戻さないと。
読み返そう。しおりはいらない、いつでもどこでも、それがぼくの人生だ。
コンコン、とノックをする。薄いドアだったから、振動は少なかった。無音の状態が続いて、ぼくも妹も緊張した面持ちになる。おい、さっきフラットにいこうって言ったの誰だ。ぼくか。ぼくだ。
「はーい……、……？」
出て来た女性は困惑した表情で、ぼくを見る。隣にいる妹にも視線を向けるが、見覚えがないらしい。「あのう」と申し訳なさそうに言った。
彼女の背はぼくより小さかった。五十代後半の、まさにおばさんといった風体で、ぼくを見上げていた──混ざり始めた白髪がちらほらと見受けられ、身なりは綺麗な方とはお世辞でも言えなかった。しかしぼくには、彼女がまだ三十代だった頃を、覚えている。
「久しぶり」
「……ひ、久し、ぶり」
ぼくがぎこちなく言うと、妹もそれに応じて、小さな声で言った。よくぞ言った、妹よと誉めそやしたい気分になったが、今は彼女の前である。
彼女は少しきょとんとして、──それから目を真ん丸にして、ああ、と声をあげ、地面に崩れ落ちた。
「──！？ だ、大丈夫……？」
咄嗟に差し出した手を、彼女は──母は力いっぱい握り締める。目に涙を浮かべて、何度も、声にならない声を出す──そこから辛うじて聞き取れた、「ごめん」という言葉。何度も何度も、在りし日の面影を残した彼女は、謝り続ける。
ぼくは妹と顔を見合わせる。妹は泣きそうな顔をしている。怒ったような、許せないような、辛そうな。ぼくも似たようなものだと思った。
「……ねえ、ぼく、もう大人になったよ」
「うん、うん……！ ごめんね、わたし、ごめんねえ……っ！」
「違う──違うよ、ねえ、謝ってほしいんじゃないんだ」
「──……？」
ぼんやりと此方を見上げた母に、妹がぼろりと涙を零しながら言う──
「ねえ、私達、もう大丈夫だよ」
──ああ、これで。
ようやく、前に進める。
「もうぼくらは幸せになったから──だから。
母さんも、幸せに生きて」
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白夜の世界(プロフ) - 鯉泉さん» わざわざ……！？ありがとう御座います！！コイツ本当によくわからないんですけど、自分が内側にいたら迷惑だってわかる脳があります。それもかなり幼少からなので、それをなんとか喰らい切って断ち切ってもらいたいなーと(笑)。 (2021年5月27日 19時) (
レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
鯉泉(プロフ) - 『集団の外にいる人,部外者』という意味らしいですね。とてもぴったりだと思います。この少年が、戻れますように。この作品が多くの方に知られますように。お身体にはお気を付けてください。これからも応援しています。 (2021年5月27日 7時) (レス) id: 1ee11e7988 (このIDを非表示/違反報告)
鯉泉(プロフ) - 「できた芝居は好きだ。できない本音を隠してくれる。しかし少なくとも、ぼくにそんなことを指摘してくれる人はいなかった」、というのがとても心に響きました。白夜様の作品はどうしてこんなに心に響くものが多いのだろう…アウトサイダー、調べました。 (2021年5月27日 7時) (レス) id: 1ee11e7988 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - いくまさん» コメントありがとう御座います〜〜！自分も文字数超えてしまうことはよくあります(笑)。その度に書き直したり書き加えたり消したりしてます……コレの最終話もホントはもう少し書き加えたかったんですが、無念、といった感情です(笑)。 (2021年4月7日 12時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
いくま(プロフ) - ただただ素晴らしいの一言でした。字数超えてしまいすみません笑二次創作の方もずっと応援してます。過去作品もすぐ読んでしまいましたし、陰ながら大ファンです。これからも素晴らしい作品を書き続型下さい、、！！ (2021年4月6日 21時) (レス) id: de9f3ec973 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：白夜の世界
| 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/
作成日時：2021年4月4日 17時
