glass ページ10
「ここにいたのか…、大野、ちょっと来い」
肩幅が広くて身長も高い生徒指導の先生の腕は、智の2倍はあるんじゃないかと思うほど太かった。
厳しい表情で放たれた声は低く尖っていて、目は少し充血していた
…つまりすごく怒っていた。
「なんで?」
智の綺麗な指は鍵盤にのったまま、透明な目だけを先生のほうにむけて、緊張感のない声色を放つ。
「とぼけるな、分かるだろう…!いいから来い」
づかづかと先生は音楽室に入ってきて、呆けた顔の智の首根っこをつかんで立たせ、引きずるようにして廊下に出ていく。
「なっ…、はなせよっ」
不快そうに口を歪め、智が抵抗しても、先生の太い腕はびくともしなかった。
無理やり連れ出される智の、困惑と怒りで濡れた瞳が俺を捉えて、口元がかすかに「カズ」の形に動いた気がした。
だからというわけでもないが、俺は椅子にへばりついていた腰を持ち上げて
智と先生の後を追ったんだ。
連れていかれたのは、3年生の教室の前。
廊下の窓ガラスが、見事に割れていた。
廊下に散らばったガラスの破片が、太陽を受けてキラキラ光っている。
周囲に集まる生徒たちのざわめきからして、ガラスは割れたばかりのようだ。
「お前がやったんだってな」
生徒指導の先生のその言葉に、俺は耳を疑った。
智が?そんなバカげたことあるはずがない、だって昼休みはずっと俺と音楽室に…
そう思いを巡らせたところで、周りの異様な雰囲気に気付く。
大半の生徒が暗い表情でこちらを伺っているが…1割くらいの人間は笑いをこらえているように見える。
それに聞こえてきたヒソヒソ話。
「え、かわいそうじゃない?」「ホントは誰なん?」「ちょっと聞こえるって」「ほっとけよ」「あっち行こ」
一瞬で分かった。智を犯人に仕立て上げている。
それほどに周囲の雰囲気はあからさまだった。嘲笑と同情が、智ひとりに降り注いでいた。
だけど誰も、彼を救おうとはしない。
「なんでこうなった?怪我した生徒もいるんだぞ?」
問い詰める先生の目は怒りに燃えていた。…先生は気付いていないのだろうか?
どうしてそんなにまっすぐに智を疑うことができたのだろうか?
「おい何とか言え…−」
先生が声を荒げようと、詰め寄ったそのとき
ふらりと、智の痩身が割れた窓に近づいた。
パリン…と音をたてて、上靴に踏まれたガラスが割れる。
純粋な瞳が、割れたガラスを映してキラキラと光っていた。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時