ピアニッシモ5 【O/N】[ARS]

March ページ25

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松本先生が、この学校を離任することになった。



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離任式の日、美術室は、先生と別れの挨拶をしたい生徒でいっぱいだった。

普段学校で見ない、やんちゃそうな男の子や女の子も、たくさん来ていて


先生がどんなふうに生徒を愛してきたか、なんとなく分かった。


卒業生らしき、スーツに身を包んだ人が、「先生が居なかったら学校に行っていなかった」と泣いていた。

それを松本先生は、苦笑いでもって、愛しそうに乱暴に頭を撫でた。



「……行かなくていいの？」



智は、その生徒の波に、うまく入っていけなくて

背中を押してやっても、ぐ、と身体を強張らせるだけだった。


結局、気が遠くなるくらい長い時間を、俺と智は突っ立ったまま、待って

生徒の波が引いたころ、ようやく松本先生がこっちに気付いて、歩いてきてくれた。


「なんだ、居たなら……」


先生が身をかがめて、俯いた智の顔を覗こうとすると

智は顔を上げないまま、とん、と先生の胸に額を寄せた。


「お、……ハハ、甘えただな(笑)」


からかうように言われても、智はさらに甘えるようにぎゅっと額を押し付ける。

その動作が、なんだか切なく 俺の心を撫でて…



「俺、先帰りますね」



できるだけ爽やかに、そう言った。


「え、帰んの？」


智を胸に抱いたまま、先生がきょとんとする。

背後に見える教壇には、色とりどりの花束が、こんもりと置かれている。

それと、数々の贈り物。先生が慕われていた分だけの、贈り物。


智はここまで、手ぶらで来た。


「ちょっと用事あるんで…」

「そうか、」

「先生今までありがとう」

「ん？なんもしてねえぞ？」

「智がお世話になりました」

「そっちね(笑)、ハイハイ」


最後にしては、あっけらかんとした会話だった。


松本先生と話したことは少なかったから、この程度。

でも、これ以上のものは、心とかそのへんで、通っているような気がしないでもなかった。


だから、名残りなく、その場を離れることができた。




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美術室が見えなくなる、最後の曲がり角で、くるっと振り向いて中を覗いたら

先生が、力の限りで智を抱きしめていて

それに埋もれた智が、ぽきりと折れそうに見えた。


ちょっと待って、そんなに強くしないで…と引き返しそうになったけど


あの飄々とした松本先生が

心が乱されるままに、均整の取れた肩を揺らすのを見ると


あ、もうここからは二人の時間が流れる、と思って


いそいで、そこを離れた。

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