evening ページ22
海から上がってくる智を見ながら、去年もこんなふうに、2月28日の海に入ったのかもしれないと思った。
去年は、ひとりで、この場所に来たんだろうか。
寒くて冷たかっただろうな、と思う。
「…そんな顔しないの(笑)」
子猫か、子犬か…どっちでもいいけど
腰から下と、髪と頬を少しずつ濡らした智が、小さくて哀れな動物みたいな顔をして、座っている俺の前に突っ立っていた。
どこにも迷っていないのに、迷子みたいな目をしている。
「座りなって、ホラ」
ぽん、と隣の砂を叩いた。夏の砂より冷たくて、サラサラしていた。
智が座ったら、海水のにおいがして、濡れた砂がべったりと制服のズボンについた。
あーあ、と言って笑ってやると、智は困ったように下唇を噛んだ。
.
「…千夜子ちゃんはね、去年の5月に目が覚めたんだって」
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俺が唐突に、千夜子ちゃん、と言っても、智は驚かなかった。
なんで知ってるの、とも言われなかった。
そもそも智は、自分が知っていることを、みんなも当然知っている、と思っているふしがある。
「なんにも覚えてなかったんだって。家族のことも、智のことも…」
べつに智を打ちのめそうとしたわけじゃない。
このことを、智が知らずに俺が知っている、ということが、不自然だと思っただけだ。
「そ…」
智は隣で、膝を抱えてゆらゆらと揺れていた。
放っておいたら、眠ってしまうのではないかと思った。ゆりかごのように、優しく揺れた。
本当は、何かに身体を預けて、優しく揺られたかったのかもしれない。
.
「ちゃこちゃんが落ちるとき、」
立てた膝に、ぎゅっと顔を埋めていたので、声がくぐもっていた。
だれか、守ってくれ、優しさで包んでくれ…というように、智はゆらゆら揺れたので
丸まった背中に、手を当ててあげた。そしたらぴたりと、動きが止まる。
「髪の毛がぶわってなって…、それがきれいだった、月が出てなかったから、それも、苦しくて」
苦しい、という言葉を、智の口から初めて聞く。
けほ、と弱い咳を出した。智は最近、よく変な咳をする。
夏に しゅうっと、消えるように痩せた身体は、なかなか元に戻っていなかった。
「だから、出遅れた、ほんとはもっと早く、もっと…はやく、海から出せた」
----『苦しいときは』
----『俺に教えてって言ったでしょ』
智はこのまま、海や空や、その他の綺麗なものに、
身体をしゅうっと奪われてしまうのだろうか。
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きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね(笑)あはは (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです!読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント!?とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました(笑)とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´;ω;`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵!現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年6月7日 0時