twins(side S) ページ13
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その「大丈夫だよ」には、他の誰の「大丈夫だよ」をもってしても、敵わないだろうと思った。
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大野くんの手を握ったまま、二宮くんはうつらうつらし始めた。
保健室の窓のカーテンが、風によってぶわっと膨らむのを、ときどきチラリと眠そうに見る。
整った顔だ…なんて、無関係なことを思った。
鼻や口や目が、あるべきところに、あるべき大きさで、ついている。
さっきまで、必死な様子で使っていた唇は、何も塗っていないはずなのに、収穫時の果物のようにみずみずしかった。
彼は大野くんの心を解くために、ずいぶん、大胆なことをした。
人が、人の唇を噛み割いてしまうという行為は、なかなかにグロテスクだった。
養護教諭になって、さまざまなようすで血が流れるのを見てきたつもりだけど、あんなふうに、血液が肌の上を移動するのを、初めて見た。
『でもどうしても、自分のせいにすんなら、』
『これでチャラにしてあげる』
囁くような声だったのに、俺にもハッキリと聞こえた。
二宮くん以外に、誰がこの言葉を言えただろう。皆、ありきたりな慰めの言葉しか、持ち合わせていなかったと思う。俺も含めて。
湖面に、雫がぽとん…と落ちるときのような、ささやかで凛とした声だった。
「うわ…、俺も寝ちゃいそ(笑)」
二宮くんは、もう手遅れなくらいウトウトしてきたときに、覚醒と夢の狭間で 言い訳のようにそう言った。
さっきまで、見ているだけで飲み込まれそうなほど、圧倒的な表情を見せていたのに、今は拍子抜けするほど ただの17歳の顔をしている。
「…いいよ……寝ても……」
「え、いーの?今日甘すぎません?」
「ソレ、外せないんでしょ?」
ぐん、と眠りに引きずられて、二宮くんが手の力を緩めるたびに、きゅっと力が入る大野くんの手。
無意識下でも、求めている。
「うん……、ホント、仕方ないよね…(笑)」
くたりと、ベッドに突っ伏した二宮くんは、繋がれた手を大切そうに見つめ、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
綺麗な顔をしている。
俺は二宮くんのことが、少し怖い。
さっき、大野くんの唇を噛んだときの、全てを凌駕するような表情が忘れられない。
「仕方ないよね」と苦笑いして、大切そうに大野くんを見つめる表情も、危険なくらいに麗しかった。
でもおそらく彼は、大野くんのことに気を取られて
自分がそんなふうに他人を圧倒させることに、つゆほども気付いていない。
怖いなと、思う。
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きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» →もしかしたら誰かの気を悪くしてしまうかもしれなかったお話ですが、こんなふうに温かいコメントを、時間が経っても頂けることを本当に有り難く思います。なんだか下手な解説みたいになっちゃいました。読み返してみると恥ずかしい所だらけなんですけどね(笑)あはは (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» ガバっと素直に詰め込んでみたお話です。こんなふうに生きてゆけたならそれはそれは眩しいのではないか、とゆう想像の羅列です。完璧に無邪気であることの尊さに憧れながら、そうはいかないことへの失望までを、人生のうちに一度は文章にしてみたいなあと思っていました (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - あっちゃんさん» あっちゃんさんお久しぶりです!読み返して頂いて本当にありがとうございます。ピアニッシモにコメント!?とめちゃくちゃビビりましたが、あまりにも温かい言葉に私のほうが泣きそうになりました(笑)とても嬉しいです。ピアニッシモは、私の憧れみたいなものを、→ (2021年5月6日 18時) (レス) id: bf5ab865ef (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →思うように過ごせていることを切に、願いたいものもです。回りの雑音なんて気にしない生活を送らせてあげたい。とそんなことを思いながら。長々と失礼しました。これからも素敵なお話をお待ちしてます。いつもありがとうございます。 (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
あっちゃん(プロフ) - →最後の章は。もう涙が止まらなくて。小説を読んでこんなに泣いたことなかったなあ。…これを書いていても涙してます(´;ω;`) 。そんなお話を書けるきんにくさんが素敵!現世の彼が。同じようなことにならなくてほんとによかったと思うと共に休止中の今を自分の→ (2021年4月29日 14時) (レス) id: 178db8b66c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年6月7日 0時