genius ページ17
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「死んだあとに天才とか言われてもねえ」
夏の土曜の昼下がり。外は晴れている。
7月になったら、夏休みまであっという間だ。
あと20日とちょっと学校に行ったら、ピアノ漬けの日々が始まって、コンクールがあって、そのあと急いで課題をやって、そして新学期になる。
早い。時の流れが。
去年あんなにピアノで苦しんだ夏だが、今年は打って変わって好調だった。
「なに急に。モーツァルト?」
「モーツァルトもシューベルトも。生きてるうちに評価されんかったのに、よう作ってたよな、曲を」
「そんだけ好きだったんじゃないの、音楽が」
「好きってゆう気持ちだけで続けれる?」
「さあねー」
「絶対無理やで。天才と狂人は紙一重なんよ」
咲玖が部屋に来ていた。
暇そうに地べたに座って、俺がミスをすれば「あ」といちいち鋭く反応し、ちょっと息をつけば隙をついて話しかけてくる。
つん、と鼻をつくにおいがして、何かと思ったら、足の爪に赤色のマニキュアを塗っていた。
「くさいー」
「うち結構好き。このにおい。クセになる」
「人の家でするな」
「んふふ、和也くんも塗る?」
「塗らんわ」
「えー」
会話もそこそこに、ピアノの鍵盤に手を置いた。
滑るように指が動く。
マニキュアに含まれたシンナーのにおいで、音の熱に浮かされた頭が、くらりと酔う。
リストの速い曲が好き。すぐに入り込めて、抜け出せないかも、というスリルを味わえる。
畳みかけるようなフォルテッシモが終わっても、酔狂な余韻がこんこんと響きを残した。
どろりとした快感。濃すぎるマニキュアみたいな。
ふ、と視線を上げて、咲玖と目が合う。居るのを忘れていた。
「うわ、えろい、」
人工甘味料のたっぷり入った飴玉みたいに、咲玖の足の爪が真っ赤に熟れている。
白い両足をぱたぱたさせて、塗った爪を乾かしながらこっちを見ていた。含み笑い。いたずらな顔だ。
「えっちだね〜本番も そうやって弾くが?」
「言ってろよ」
「和也くんて速い曲好きよね」
「バレてる?」
「バレバレやで」
「ふふ、速いのと、あと暗いのね」
「アハハ(笑)いいやん、向いとうわ」
咲玖はコンクールに出ない。応募しなかったのだそうだ。
あんなに上手いのに、家で趣味で弾くだけだという。
もったいないとは思うけど、人のことをとやかく言うヒマは、俺にはない。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時