Hidden scar ページ13
智の首の傷は、ものすごく巧妙に隠されていた。
次の日学校で会ったとき、あの地獄のような出来事がすべて夢だったのではないかと思ったほどだ。
だけどそれは、顔を近づけてよく見ると、うっすらと、本当にうっすらと、そこにあった。
普段は、顔の影になっているし、だいいち智の首のあたりに顔を近づける人なんていないから、100%に近い確率で 誰にも気づかれないはずだった。
きっと智のお母さんが、器用に隠してくれたのだろう。「お化粧のにおいする」って、興味深そうに智が呟いていたのを思い出す。
触るなと言いつけられているのか、丁寧に塗られた首を、智が掻いたりこすったりしなかったので、それは放課後まで完璧な状態で落ちなかった。
「なあ」
だけど松本先生は気付いていた。
「人の手で絞められた跡みたいに、見えるんだけど」
どうして気付いたんだろう。あれほど完璧に隠されていたのに。
「なんで黙る?」
射貫くような目で見つめられる。櫻井先生のように、計算しつくされた聡明なそれじゃない。
ただ純粋に、答えを求める眼差しだ。
俺は困ってしまった。
その拘束跡について、現場にいたくせに、何も語るべきものを持ち合わせていないのだ。
俺だって、智がなぜ首を絞められたのか、分からない。
言えることは、相葉くんとその家族が関係していそうだ、ということだけ。
しかもそんなこと、部外者の俺の口から言えることではない。
確信には近いけど憶測に過ぎないし、あの出来事は、なんだか最近の相葉くんの欠席に関わっているような気がする。
「…分かんないです」
しらを切るしかなかった。
だけど、『コレ、なんの跡?』から『分かんないです』までの長すぎる沈黙は、心当たりがあるということを、明確に松本先生に伝えていた。
「……そう、ならいいや」
だけど先生は、拍子抜けするくらいアッサリと身を引いた。
ファンデーションが乱れたところを、指で軽くトントンとして、周りとなじませる。そうすると、また綺麗に見えなくなった。
俺の言葉を、まるごと信じたわけじゃあるまい。
だってあんなにも「知ってるけど言いたくない」感を出してしまったのだ。智でも気付くだろう。いや、智は気付かないかも。
松本先生は何事もなかったかのように立ち上がり、机に置いていたコーヒーを飲んだ。
そして、安心させるような笑みをこちらに向ける。
「俺もカフェオレにすりゃ良かった(笑)」
やっぱり、教師らしくなかった。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時