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声が出ない。上手く呼吸が出来ない。足も動かない。そんな状態の私を見て好都合だと思ったのか、私の腕を掴む彼はそのまま、私を引きずるように歩き始めた。大丈夫だよ。そう口にする声色が、強い力に反して穏やかなのが不気味だった。
「ねえ、名前は?」
「……」
「言えないかあ」
「…ごめ、ごめんなさ……」
「最寄り駅どこ?」
「……」
「それもダメかよ」
先ほどまでの口調とは打って変わって荒々しい口調で喋る男の人たちに、何も言い返すことが出来なかった。このままついていったらだめだ。でも、逆らったら恐ろしいことになるかもしれない。どうしようもない事態からどうにか穏便に逃げ出したくて、私は思い切って口を開いた。
「……あ、の、わたし」
「なに」
「門限……」
「そーゆーのがダメってさっき言ったじゃん」
男の人三人に囲まれ、周囲の様子がよくわからない。それでも、今通ったコンビニにはきっと、雑誌を立ち読みしている人がいた。ファミレスの窓からも、こちらの様子は分かるはずだ。それなのに、この光景を異様だと、声を上げてくれるような人はただの一人もいなかった。
「あのさ、学校は?」
「……」
「学校くらいは教えてよ」
「…あ、あの」
「学生証見して」
腕を掴んでいるものとは別の手が、私の通学鞄に伸びてくる。ちょっと貸して、そう声をかけられてひったくられる、そのすんでのところで私は鞄を両腕に抱え込んだ。触らせたらダメだ。その一心で横から伸びる手から避けようとするも、反対側から伸ばされるそれから逃れることはできなかった。
「ま、まって」
「いいじゃん、今から遊ぶんだからこれくらい」
「いや」
「うっわ、鞄重たいね」
「何入ってんの?」
「返して…」
悲鳴に近い声でそう言って、鞄を取り返そうと足を踏み出す。しかし、掴まれている手を思い切り引っ張られたことで、それは叶わぬものになってしまった。だめ。学生証。名前、知られちゃう。たしか住所も書いてある。そんなもの取られたら、私は。頭の中に押し寄せてくる不穏な映像が恐ろしくて、思わず叫び出しそうになる。その時だった。
確かに男の人の手元にあったはずの鞄が消えた。捨てられた?見えないところに隠された?ぶわ、と背中を伝う冷や汗に身震いしていると、目の前にすっ、と探し求めていたものが差し出された。
「ほら、返すよ」
きらきらと揺れる金髪は、頭上で光るどのネオンよりも綺麗だった。
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時