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幻覚だ。まず初めにそう思った。恐怖のあまり、都合の良すぎる白昼夢を見ているのだ、と思った。だけれど。鞄を差し出す手は、風に靡いて揺れる金色は、紛れもなく本物だった。信じられなかった。だって、だって。私の目の前に、こんな近くに。
「……さの、くん」
「こいつら
「……」
「なわけねーか」
そう溜息交じりに呟いた途端、彼は私の腕に絡みつく手をばし、と払い除けた。イッタ、反射的に出たその声に応えるその表情はにこやかだった。
「怖がってるからさ、今日のところはカンベンしてやってよ」
「はぁ…?」
「ね、お願い」
久し振りに聞く彼の声は、最後に聞いた時よりも少し低くハスキーな、男の人の声だった。不思議なことに、その声を聞けば聞くほど、凍り付いていた心にじわじわと熱が取り戻されていくようだった。
夢じゃない。夢じゃないんだ。
ラメでも散らばっているかのように、視界の端がちらちらと煌めき始める。
けれど、舞い上がった私の心は、「いやいや」と怒りを孕んだ高校生の声に、再び冷やされてしまった。
「オレらこの子と話してんだけど」
「先帰ってなよ、おチビちゃん」
「それともそっちの方が遊びたいとか?」
高校生たちの興味は、完全に私から彼の方に向いたようだった。「ガキが」「ナメた口利くなよ」、そんな物騒な言葉が飛び交う。彼の到底年上に向けるものとは思えない態度が、背丈の大きい集団の琴線に触れたようだった。
いつか見かけたドラマのワンシーンのような光景に、私は手も足も出なくて。屈強な腕が彼の小さな体を持ち上げようとした途端、ひゅ、と呼吸が止まった。
やめて。やめて、そのひとに、ひどいことしないで。
ぐらぐらと茹るような熱が沸き起こり、衝動的に体が動いた。
「やめ」
「おい、コラ」
横入しようとした私の前に、大きい壁が立ちふさがる。誰殴ろうとしてんだテメェ、そう低く唸るような声は、この場にいる誰よりも貫禄があった。
まず目に入ったのは、龍の刺青だった。
「ケンチンじゃん、やっほ」
「やっほーじゃねえ、勝手にいなくなりやがって」
「ごめんごめん」
「ドラケン、マイキー見つかったか!」
聞き覚えのありすぎる呼び名が飛び交い、あまりの情報量に頭の中がこんがらがる。ドラケン。あのドラケンが、今目の前に。それに驚いている暇も無く、その後ろから同じくらい派手な風貌の少年たちがばたばたと駆け寄ってきた。
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まめ(プロフ) - 世河経さん» コメントありがとうございます!丁寧に読んでいただいたみたいでとても嬉しいです😭 これからもよろしくお願いいたします! (2022年4月7日 11時) (レス) id: e02a633284 (このIDを非表示/違反報告)
世河経(プロフ) - 久し振りに感嘆の溜息を吐いたような気がします……作品の持つ雰囲気に刮目しました!是非、更新頑張られてください!! (2022年4月2日 12時) (レス) @page2 id: 1e6cb0271b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みな | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/nymn624
作成日時:2022年4月1日 21時