Distance makes the heart grow fonder

♯12 ページ13

山下がちらっと腕時計を見やったので、
「彼女との約束に遅れるからもう帰っていいよ 俺は大丈夫だから」
「でも...」
「スタッフさんはちゃんとお詫びしてくれたし、別に怪我した訳じゃないから クリーニングにも出してくれるって言ってたしほんと大丈夫だよ」
「北山を置いてくのは心配だな」
「心配してくれてありがとう でもほんと大丈夫だから早く彼女の所へ行ってあげて」
「わかった 何かあったら連絡くれよ」
「うん、だけどデートの邪魔はしたくないから気持ちだけ受け取っておく」
俺を気にしつつも山下は帰っていった





「はぁなんか夢見てる感じ」
洗い立ての髪をふわふわで手触りの良いタオルで拭きながら、夜景を一面に見渡せる大きな窓に向かって呟いた

あれから戻ってきた七三に分けたスタッフから告げられたホテル側からの「お詫びのおもてなし」を受けた
このホテルで一番豪華なスイートルームに無料で宿泊し、その間にワインで汚れたスーツをクリーニングしてもらうことになったのだ

クリーニングはともかくとしてスイートルームに泊まるだなんて恐れ多く、辞退しようとしたのに七三に分けたスタッフが、丁寧の中に絶妙な対応をされて、押し負け受け入れてしまった

やはりあの侮れなさ...ベテランのスタッフだったんじゃないかと思う

急なお泊まりで着替えはないので、今着てるのは備え付けのこれまた肌心地のいいバスローブ
吸水性があるのに薄手だから重くない

なんか偉い人になった気分

実家暮らしのため、今夜は帰れないことを母に伝えたら
″なんてラッキーなの！スイートルームにタダで泊まれるなんて羨ましい〜″という返事が帰ってきた

そーだよな…それが普通の反応だよな
でも俺はなんか落ち着かなかった

ワインをかけたスタッフは転ぶようにグラスの中味をかける前に謝ってた気がしたんだよ
即座に渡されたナフキンも後片付けしたスタッフたちも事前にわかってたような動きだったし
一流のホテルなら普通の対応なんだろうか...


違和感は拭えないものの、無料でスイートルームに一泊出来るこのチャンスに満喫してやろうと思い、マイナスイオンの出るドライヤーで髪を乾かしながら鼻歌をくちずさんでいると来客を知らせるチャイムが鳴る

ここへ案内してくれたスタッフが
「パーティー終了後、改めてお詫びにお伺いさせて頂きます」と言ったのでその場で断ったのだが、一流ホテルでは正式な謝罪をしなければならないのかもしれない

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