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雄叫びが聞こえる。悲鳴が聞こえる。怒号が聞こえる。
 松の森に囲まれた海の近くにある平原で、真正面から馬とそれに乗った人がぶつかり合う。耳を劈くような金属音が人の声にかき消され、馬が蹴り上げた砂煙が視界を塗り潰していく。先程まで仄かに漂っていた潮の香りは、一瞬にして鉄錆へと化した。
 遥かな記憶の中だ、とは直ぐに理解した。自分自身が武器を手に取り、出陣した戦の記憶。勝利への執念も名誉への渇望もなく、只管に恐怖だけを胸に抱いて敵を薙ぎ払った。突き刺した。穿った。がむしゃらに獲物を振るう。あの時は優勢であることに歓喜を見出す余裕はなかった。夢だとわかっている今も、恐怖だけは脊髄の奥で燻っていた。
 耳が麻痺するほど音が溢れている戦場で、突然弾けるような轟音が響いた。やけに鮮明に耳に飛び込んできたその音に背中が粟立ち、矢をつがえる手が痙攣を起こしたように震える。「なんで」という自身の声は騒音にかき消されて自分の耳にも入ってこなかった。
銃声。この夢に出て来る筈の無い武器の音に、寒気が止まらない。思わず目の前の敵から戦場全体に視線を移した彼女の頭の中は真っ白になった。
 今までどこかぼんやりとしていた敵は酷く現代的な洋装に身を包み、全員の手には鉄砲が握られていた。日本では見慣れない髪色をした者も大勢いる。ああ、あの髪型は人の子が散切り頭と言って持て囃していたものではなかったか。
 もう一度はっきりと発砲音が聞こえて、動きが完全に止まっていた彼女の脇腹に熱い痛みが走った。思わず脇腹を抑えた手から弓が零れ落ちる。それを追いかけて伸ばした腕が銃弾に貫かれ、体勢を崩した彼女の視界が空を捉えて。

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設定タグ:鬼灯の冷徹 , 白澤 , 鬼徹   
作品ジャンル:恋愛
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作者名: | 作成日時:2020年5月4日 2時

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