第三夜 空を咲けよ、血潮の華よ ページ6
〈伊月視点〉
「桃李、終わったか?」
「ああ、たった今だよ」
ぐちゃり、と血肉を喰らう音がする。
その音に何も感じなくなったのは、いつからだったのだろうか。
その血肉に嫌悪感を感じなくなったのは、いつ。
「お前は私に助けられてから、ずっとそうだっただろう」
東華桃李……犬神が、ぽつりと言う。
彼女は犬神のくせに、いつもいつも心を見透かしたようにしている。
覚か、と一度言ったこともあるが、それもするりと躱されてしまった。
「何で俺を助けたんだ?」
いつも、何度でも繰り返してきた質問が虚空を踊る。
質問の文字が躍りだした弱々しい神楽の鈴が鳴った。
リン、と鳴った音が血肉を喰らう音に重なる。
それは不協和音を奏でで、視界を霞ませた。
「気まぐれさ」
犬神は言う。
それは事実かもしれないし、嘘かもしれない。
事実ならば、俺はどうするのだろう。
嘘ならば、泣き喚いただろうか。
きっと、泣くことも出来ないだろう、そんな未来は見えない。
広くを見通すこの目は、未来は見通せない。
もしかしたら、自分の防衛本能が未来を視界から消しているのかもしれない。
見るな、絶望を見るぞ、と。
「少年」
ぐちゃり、と血肉を喰らう音。
聞き慣れた忌まわしい音が、鼓膜を蹂躙する。
常人にとっての絶望とは、こんなものなのかもしれない。
その考えは自分が常人では無いことを表す。
自分を哀れむ悲劇は、起こらないでもらいたいのだが。
「未来は明るいさ」
いつか、妖と人が平和に暮らせる世界が出来る。
「そんな世界を作り出すのが、君たち人間だろう?」
勿論、私も、皆も、それを望んで、世界へ臨むんだ。
「そうだろう」
伊月俊。
桃李は、俺の心を読んでいく。
それに途轍もない不安を覚えるのに、それ以上に安心感を覚える。
こんな不安定な自分が、ふと哀れだと感じられる。
悲劇はこれか、なんて意味も無い安堵を虚空は笑う。
俺の不安定なところは、全て彼女が受け入れてくれた。
だからここに居られる。
日向も相田も木吉も、彼女が俺を受け入れたから、受け止めてくれた。
「……ありがとう、桃李」
「礼には及ばないよ」
私は君の従者なんだから、ね。
ぐちゃり、と。
重なる音は何処か遠くへ消えていく。
不快な音は彼女が生み出した音なのだから、幻想のようなのも当然か。
「そろそろ行こうか、桃李」
「わかったよ、ご主人」
「順平」
「ああ、わかってる」
「「妖」」
警報音のかわりの血肉を屠る音が、青い空を裂いた。
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