今夜君が欲しい【前編】

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「だって俺、多分あんたより歳上だもん」
「…はい？何言ってるんですか。私の方が歳上ですよ」
「いくつよ？」
「31です。」
「やっぱり！俺33だもん」
「……っ！…だとしても、あなたは勤務して初日ですよね？私はもう9年目なんですが」
「いや、3日目」
「…そこ焦点じゃないですからね」



喫煙スペースから、腕を掴まれ、人が少ない廊下の角に連れて来られた。
通例の社会概念を教えてくれてるらしい。
冷めた瞳を覗かせておきながら、優しいところもあるんだな。



「でも、社会人歴は俺のが長い訳だし」



言えばいーのに。
自分は正社員で、あんたはバイトだろって。
標的(ターゲット)の背中越しに目に入った消化器の字を見つめる。
ぼーっとしてる俺に、彼はその先を言わなかった。



「それはそうですけど…」


肯定したのだ。
何かそれが何故か俺を擽らせた。



「次の仕事、データ入力だっけ？」
「ええ」
「その入力さ。あんたが勝ったら、敬語遣ってやるよ」
「…はい？」
「速さでも、出来栄えでも何でもいい。何か知らないけど、その入力、俺のが上手く出来たらさ、あんたには敬語を遣わず接したい」
「……なんで、そんなこと...」
「いーから。な？」



不思議そうに首を傾げた後、また眉間に皺を寄せたが、しっかりと頷くと「負けませんから」と丁寧に返してきた。



別に俺が負けてもいいんだ。
『生意気な奴』だとコイツの記憶に残ってくれれば、この先楽になる。『部長の愛人かもしれない奴』という記憶を上塗りしたかった。



でも出来れば負けたくないから…
本気でやるけどな。



「こちらは各テレビ情報誌に送る週間の放送予定の番組欄になります。こちらの原稿をそのまま各枠に収まるよう、入力してください」



届いた箇条書きの番組の情報を、欄に纏めていく。
…これって三日目のバイトにさせる事か？



「出来ないですか？」
「出来る！」
「では、北山さんは月ー水の欄をお願いします。私は木ー日をします。それがハンデです」
「わかった」


一日分、標的(ターゲット)が多いってことか。



「判定は、デスクにお願いしようと思っています。直しの数が少ない方が勝ちでいかがでしょうか」
「うん。分かりやすくていい。」
「時間は問いません。終わったら教えてください」



そう言うと彼は大きなテーブルにノートパソコンを置いた。背中合わせのそこに彼のも置かれる。



「では、始めましょう」


キーボードの音が小さく立つ。

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