今夜君が欲しい【前編】

13 K ページ13

ローラーがついたクルリと回ることができるオフィスチェア。背中でまだキーボードを叩く音が聞こえたから、そのまま同じく叩くフリをする。
ホントは見直しまで全て終わっていた。


標的(ターゲット)の方が一日多いんだから仕方ないか。
椅子の背もたれに背を預けながら、背中越しに聞こえる彼の煩くないキーボードの音に耳を傾けていた。


こんな年度末にバイトが来たなんて驚いただろう。



番組の編成などでこの部署は忙しいはずだから、即戦力にもなり得ないかもしれないバイトの世話をするなんて、きっと今はそんな余裕はないはずだ。



だから、彼は彼なりに俺が使えるか見定めるためにこの仕事を回してきたのかもしれない、とふと思った。


今回の標的(ターゲット)は掴めない人だという情報を頭の中に記憶させる。


キーボードの音が鳴り止み、マウスをカチッカチッとクリックする音が代わりに聞こえてきた。
最終チェックかな。


あー…煙草吸いてぇな。
出そうな欠伸を飲み込んだら、鼻がしみて涙が出てきた。


くっそ、花粉症はつれえ。
薬は飲んでても効かない時もある。


背後の奴は花粉症はないんだろうか。
花粉症のくせに、花粉症だと気付かないタイプな気もする。


知らねぇけど。



マウスの音が鳴り止んだ。


俺は床を蹴ると椅子をくるり回転させ、背後のデスクにいた標的(ターゲット)の方に身体を向かせた。



「今終わった」



そう告げると、彼も「私も終わりました」と、シルバーで型どられた眼鏡を外し、紐に括られてるから首にそのままぶら下げると、目頭を押さえた。



原稿には所々赤鉛筆で丸や三角四角など記号が書かれていたのが目に入る。赤鉛筆は傍らに転がっていた。



「藤ヶ谷さん早いですね。流石っす！一日分多いのに」
「…そうかな、ありがとう」



一日分って正直かなりのハンデだと思う。
彼は俺が思っていた以上に出来る人だと知ることができた。



名前を伏せて、標的(ターゲット)がデスクに見せに行くと言うので、俺はそのままここで待機してることになった。
デスクは敏腕な人のようで、たった15分ほどで一週間の番組欄に目を通したらしい。



標的(ターゲット)は呼び出されると、俺も一緒にデスクの元へと歩いた。



赤鉛筆の添削が入っている二枚の原稿用紙。
両方共に赤は入っている。



「ご苦労さん。前半、中々良かったよ。藤ヶ谷、すごいじゃないか」



その人の言葉は勝敗を意味していた。

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